世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2767
世界経済評論IMPACT No.2767

インドの財政赤字とフリービーをめぐる新たな動向

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2022.11.28

 今年5月,スリランカの債務危機が大きくクローズアップされた。コロナ禍の影響も加わり,多くの国々では財政赤字の問題が一様に表面化するようになった。「財政責任予算管理(FRBM)法」(2003年)に基づいて,財政規律やマクロ経済安定化を図ってきたインドといえども,その例外ではなく,ここにきて財政赤字問題は看過できない状況を迎えている。

 インド中央政府の財政赤字・GDP比率は,2009年度~13年度の期間中,平均5.4%であったのが,その後2019-20年には4.7%へと低下した。コロナ禍の下で20-21年には9.2%に大きく跳ね上がったものの,その後21年度には6.7%へとやや改善された(注1)。他方,要注意なのが,電力事業など多大な財政負担を要する事業を管轄下に置いている州レベルの動向である。そこでの財政赤字・州GDP比率は,同じく2009年度~13年度の期間中,平均2.3%であったのが,19年度には2.6%,さらに20年度には4.7%に上昇した。その後21年度には3.5%へと幾分低下したものの,総じて事態は看過できない状況にある。

 以下,州レベルでの財政赤字の最新状況を概観するとともに,目下,そこでの財政赤字拡大を抑制する上で,いかなる取り組みが唱えられているのか,検討してみたい。

州レベル財政リスクの実態

 今年6月,インド中央銀行(RBI)が発表した調査結果(注2)によれば,州レベルの財政赤字・州GDP比率は2011年度~19年度の期間中,平均2.5%以下であったが,その後21年度には殆どの州で3%を上回っていた。とりわけ重債務州とされるのがパンジャーブ,ビハール,ラージャースターン,ケーララ,西ベンガルの5州であり,債務残高・州GDP比率はいずれも30%以上であった。そこでの債務返済額は歳入の10%を超えるとともに(ただしビハールを除く),債務成長率は州GDP成長率を上回っており,いずれも持続不可能な債務状況にある。

 財政的に脆弱な州では,歳出に占める確定済み支出(利払い,年金,行政費など)の割合が高いため,歳出に占める開発支出の割合は低下せざるを得ず,パンジャーブ州では50%程度でしかないとされる。財政リスクを構成するものとしては,マクロ経済ショックに起因するもの,偶発債務(明示的な政府保証ローンや政府による救済が期待される黙示的なもの),年金,さらには歳出全体の8%強を占める補助金などが挙げられる。

電力部門とフリービー

 ここで特に問題となるのは,近年,補助金のかなりの部分がフリービーという形態で供与されていることである。フリービーについての明確な定義は存在しないが,無料で提供される公的な福利手段のことであり,利用者負担から大きく逸脱した電気・水道の提供,公益事業体への料金未納や農業ローンの棒引きなどが該当する。債務残高・州GDP比率の高い上位9州を対象にしたRBIの推計によれば,今年度の場合,アンドラ・プラデーシュとパンジャーブに2州ではフリービーの規模は州GDPの2%以上に達しており,さらに上記2州を含む5州では州税収入の20%以上(パンジャーブでは45.4%)に達するとされる。

 州政府保証ローンの40%を占めているのが電力部門であり,正しく州政府の債務問題の中心に位置しているのが電力部門である(注3)。2003年の電力法の施行に伴い,それまで垂直統合型であった州電力庁(SEB)は発電・送電・配電を担う事業体に分離されたものの,経営実態は旧態依然のままであった。グジャラートなど一部の州を除いて,電力部門では選挙目当てに農業用,家庭用料金が低く設定され,そのため配電会社が慢性的赤字に陥り,州政府の財政赤字拡大の大きな一因になっている。

マニフェストに係わる新たな提案

 フリービーを煽るとされるのが,ポピュリスト的政治体質の下で打ち出されるマニフェストである。すでに2013年の時点で最高裁の指示に基づいて,選挙管理員会はフリービー問題を睨みつつ,マニフェストのガイドラインを提示した経緯がある。さらに今年8月,フリービーの弊害を抑制すべきとの公益訴訟が与党BJPによって新たに起こされたことを受けて,今年10月,選挙管理委員会は全政党に対して,マニフェストを提示する際には,州の財政事情に照らして,それに係わる全ての支出の見積もりを提出すべきであるとの新たな提案を行うに至った。この提案にはBJPと一部政党が賛成したものの,会議派を含む大多数の政党は余計な提案であるとの理由で否定的である。選挙目当てのポピュリスト的政治の是正に一石を投じることになるのか,今後の動向が注視されるところである。

[注]
  • (1)Reserve Bank of India (RBI), Annual Report for the Year 2021-2022 (May 2022)
  • (2)Ari Mukherjee et al., “State Finance: A Risk Analysis,” RBI Bulletin, June 2022
  • (3)今年7月,モディ政権は州政府の電力会社への滞納が2兆5000万ルピーに及ぶとして,その早期支払いを督促した。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2767.html)

関連記事

小島 眞

最新のコラム