世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2727
世界経済評論IMPACT No.2727

ミラトルグ——ロシアのアグリ会社

本山美彦

(公益社団法人 国際経済労働研究所 所長・京都大学 名誉教授)

2022.10.31

 ロシアに「ミラトルグ」(Miratorg)という食肉生産業務を営む巨大なアグリ会社がある。同社は,1995年に「オリガルヒ」(Oligarchy)の一員である双子の兄弟,ヴィクトール・リニク(Viktor Linnik)とアレキサンダー・リニク(Alexander Linnik)によって設立された。

 税金逃避地のキプロスで登録した時の同社は,「アグロミール」(Agromir)という実体のないペーパーカンパニーであった(こうした会社は,IT用語でshell name=貝殻と呼ばれている)(1)。

 プーチン大統領は,2005年に「優先される国家プロジェクト」を発表した際に,リニク兄弟を罵り,アグリミールを解散させた。改名したミラトルグは,その後も反トラスト法違反に問われて罰金刑を言い渡されている。しかし,輸入代替政策がロシアで推進されるようになって,同社は急速に事業を拡大した。

 2007年,同社はブラジルの豚肉製造会社の「サディア」(Sadia)と,リトアニアとポーランドに挟まれたロシアの半飛び地であるカリーニングラード(Kaliningrad)に豚肉の半製品を製造する合弁会社を設立し,2009年にはこの会社を完全に掌握した。

 2009年には,ウクライナに隣接するロシアのベルゴロド地域の農地を所有する集合体から5万haもの農地を借り受けた。現在,この地域では,年間100万頭もの豚肉が出荷されている。またそうした豚の飼育穀物として同社の指揮下で年間35万トンもの穀物が生産されている。同社の豚肉生産は年間16万5千頭,豚肉加工品は5万3千頭である。これらの輸入代替品を同社は,ロシア連邦内で出荷している。

 ヴィクトール・リニクは,ある雑誌のインタビューに「飼育から食肉の加工まで,生産が1つの地域に集中しているため,物流コストが削減され,結果として消費者価格を削減できる。単一地域で生産することで,獣医学的に健康管理が容易であり,そうした理由から当局による,輸出に必要な承認を取得することができている」と語っている。

 同社は,ラテンアメリカ最大の牛肉生産者であった「ミネルバ・フードスラプト」(Minerva Foodsrupt)との業務提携を行い,牛肉生産のノウハウも習得した(2)。

 同社は,2020年1月に,中国の牛肉市場への進出を許可され,同年4月に初めて,200トンの高品質牛肉を出荷した。

 中国への供給開始は,ロシア連邦の牛肉生産者にとって重要なステップになる。これによって,プーチンが掲げた高度な加工を含む農産物の輸出に弾みがついた。オーストラリア,アルゼンチン,ブラジルなどの中国市場への主要な牛肉輸出業者と競争できる体制が整ったのである。

 同社はロシア連邦の6つの地域に98の農場を所有しており,特殊な牛肉品種であるアバディーン・アンガス(Aberdeen Angus)の総個体数はこれまでに70万頭を超えている。2019年の牛肉生産量は完成品で15万トン弱あった。同社は2020年にそれを20%増やし,輸出供給の地理的範囲を拡大すると広言した。同社は,すでに,湾岸諸国,東南アジア,アフリカ,ラテンアメリカ,関税同盟(CIS)など,約30か国に食肉を供給している(3)。

 同社は,農業事業を持株会社に統合することで,生産コストをコントロールしてきた。ヴィクトール・リニクは,上記インタビューの中で,垂直統合により,市場価格より15~20%低い価格を得ることができたと述べた。2007年時点で,同社の国内市場におけるシェアは,豚肉で14.1%,牛肉で10.5%,鶏肉で5.7%であった。

 ヴィクトール・リニクは,国家との連携によって,同社は順調に業績を伸ばしてきたと率直に発言している。

 そう! まさに,ロシア連邦は,社会主義ではなく,国家資本主義体制なのである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2727.html)

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