世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
サプライチェーン途絶が世界の分断と変化を進める
(元 日中産学官交流機構 理事長)
2022.09.26
1.中国のサプライチェーン途絶で世界の分断が進んだ
ロシアのウクライナ侵攻以来,世界は目に見えて分断された。中ロ両国が孤立してる印象が強いが,累次の国連決議を通じてロシアと中国に密接な国々,米欧日など先進国グループ,どちらにも深いコミットを明示しない国々の3グループの姿が見えてきた。
同時期に生じた医薬品,半導体,小麦,エネルギーなどのサプライチェー(供給網)途絶問題は,世界を苦しめると同時に分断を後押しした。とくに「医薬品を輸出禁止すれば『米国は新たなコロナウイルスの海に落ちる』」との新華社記事は,中国の非人道的考え方を世界に印象付けた。日本から中国に寄贈したマスクの「山川異域 風月同天」の詩句が日中両国民の心を温めた経緯があったが,残念ながら全く違う展開によって中国の孤立が進んだ。
経済的には上海ロックダウンによる供給網途絶は,世界の産業に大きな損害を与えた。これに考慮を払わず,引き続きゼロコロナ政策を継続するという中国の方針は,その供給網への信頼を大きく損なった。各国とも自国を守るために,頼れる供給網を確保する必要性に迫られている。米国の半導体投資法,日本の経済安全保障推進法のように各国が独自の措置を講じる一方,頼りになるフレンド国との協力気運が高まり,日米豪印のQuad4カ国とASEANの主要7カ国を含む13カ国がWTO遵守を前提にIPEF(インド太平洋経済枠組み)を立ち上げた(その後フィジーが創設メンバーとして参加して14国になった)。国際的供給網の中国依存を高めることで中国包囲網の突破口を見いだそうとしていると言われる中国は,IPEFの狙いは「中国抜きの供給網だ」と非難,反対を表明して,分断感情が一層広がった。
2.中国もゼロコロナ政策で困難に直面している
中国は世界第2の経済大国として世界経済を牽引してきたが,上海ロックダウンもあって4月以降は急激に経済が悪化した。最新の統計では8月の自動車生産台数は2カ月連続して低下し,産業のコメと言われる集積回路の生産実績は2020年9月の水準にまで落ち込んだ。8月の失業率は青年層(16−24歳)が18.7%と著しく高い。アジア開発銀行は,ロックダウンを伴う厳格なコロナ対策が,国内消費や生産活動への停滞圧力になっているためだと分析した。
政治主導のゼロコロナ政策による経済の苦境に対して,李克強総理の下で大規模な「経済安定化の包括的政策措置」や就業支援策が強力に進められている。世界各国がインフレ抑制に向けて一斉に政策金利を引き上げている中で,中国(と日本)は逆に金利引き下げ姿勢を堅持している。中国の景気回復努力の効果が現れて,世界経済の後退を緩和することが願われる。
ゼロコロナ政策は,中国の貿易にも影響を与えそうだ。米中対決の報道が目を引くが,現実には米中貿易は拡大を続けていて,今年上期も大幅な増加を記録した。米国は中国に巨額の大豆と半導体を輸出し,中国は米・EUに対してパソコン,スマホを大々的に輸出して貿易額は大きく伸びた。しかし中国でのスマホ生産にはベトナム,インドへの移転や自国回帰など脱中国の動きが既に現れている。日本企業でも中国外拠点による複数供給方式や日本回帰が見られる。他方中国への直接投資の面では,巨大な上海市を2月余りロックダウンした専制的権力行使のリスクを知ったうえで,敢えて中国に拠点を設ける企業は少なそうだ。ゼロコロナ政策は,中国離れを促し,中長期的には中国の貿易構造を変化させる可能性を秘めている。
3.東アジアの企業環境は大きく変化した
東アジアでは供給網問題の他に,特に以下の2つが企業環境を変化させた。
第1は,中国の台湾進攻懸念である。「台湾の独立は支持しない」との度重なる米側発言にもかかわらず,中国の侵攻脅威が続く。これに対し米欧諸国や印豪韓日,ASEAN主要国など多数国の合同軍事演習も実施された。邦人の台湾退去計画,南西諸島にシェルターなど,侵攻間近と思わせる報道が出始めた。緊迫した環境下で,企業が事業を展開する困難とリスクへの準備は容易なものではない。
第2は,米高金利によるドル高である。ウクライナ戦争勃発から最近までの対ドル減価率は,日本円は19.2%と東アジア通貨で最大級の低落だった(ジェトロ調査)。日本円は,中国人民元に対しても大きく減価した。大幅な円安によって日本企業の経営は好転し,供給網対策もあって生産の国内回帰の報道も出始めた。社会の基盤である農林水産業,中小企業分野では輸入価格上昇で輸入圧力が減る一方で,円安で輸出機会が増加して活気が戻りつつある。日本への大型投資増加も報じられ,訪日観光客も爆発的に増加しそうだ。プラザ合意の呪縛から解放されて,「失われた30年」を取り戻す新たな戦略を考える機会が生まれた。
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