世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2684
世界経済評論IMPACT No.2684

強い技術力のTSMCと冷え込んだ半導体市場:TSMCの魏哲家総裁は何を語ったのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.09.26

魏哲家総裁は何を語ったのか

 8月30日,「TSMC(台湾積体電路製造)2022オンライン技術シンポジウム(TSMC 2022 Online Technology Symposium)」が台湾新竹で開催された。魏哲家総裁は「新しい世界,新しい機会」をテーマに,半導体産業の3つの新しい変化を指摘した。

(1)トランジスターの微小化技術による密度の増加だけでは,性能のアップを満たすことが不十分であり,3D封止に依存することが必要で(封止によって,半導体の体積を大幅に縮小化できる)これによりトランジスターの密度が増える。半導体の微小化で,線幅が3nm(ナノメートル)や将来の2nmに達しても,1つのチップで膨大な計算を必要とする,例えば天候変化の予測計算を満たすことができないからだ。そのために,3D封止を活用する必要であり,TSMCの竹南工場では3D封止を行っている。2022年のTSMCの3D封止能力は2018年の3倍であり,2026年になると2018年比で20倍以上になる。これから3D封止がTSMCにとって重要なビジネスになる。

(2)全ての電子製品や自動車などにおいて,半導体の使用量が持続的に増加する。例えば,5Gスマートフォンで使用される電源管理IC(Power Management IC;PMIC)の場合,EV(電動自動車)では十数枚の半導体を使うようになった。魏総裁はフォード・モーター(FORD)の上層部とのやり取りとして,「私たちは既に多くの半導体を提供したが,今になっても貴社からは不足と言われている」と述べたところフォード・モーター側は「当社の半導体使用量は毎年15%増加する」と言われたエピソードを紹介した。EVの多くは線幅28nmの成熟型半導体が使われおり,TSMCでは顧客の半導体不足を解決するため,工場を建設し続けている。

(3)半導体のサプライチェーンはグローバリゼーションからローカリゼーションに移行し,コストが持続的に上昇する。これまでTSMCもグローバリゼーションを追求し,台湾を製造拠点に世界中の顧客にチップを提供してきた。台湾での拠点集約の場合コストパフォーマンスは向上する(安価に製造することができる)。しかし,今後はローカリゼーションと呼ばれる半導体の使用地域での「現地製造」に移行させてゆく。「現地製造」の場合,日米のように台湾よりも賃金が高いため,コストは上昇(単価が上昇)する。それでもローカリゼーションを進める理由は,①アメリカをはじめ多くの先進国は,半導体産業のサプライチェーンの不安定化を危惧するようになったため。特に,地政学的要因である中国の台湾侵攻があった場合,台湾からの半導体を安定供給ができなくなる。②台湾の電力不足の低減を図るため。数年後,TSMC一社が使用する台湾国内の電力使用量は全体の12.5%に達するとの予測が出ている。台湾でTSMCは「電力喰いマンモス」と「水喰いマンモス」と言われるが,現状,TSMCの水の再利用率は86%以上であり,決して無駄に消費していない。

 9月以降,TSMCは線幅3nm高性能計算のHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)半導体チップの量産化を開始する。既にアップルは毎月約1万枚のウエハー用チップを発注している。

 TSMCは3nmチップであるN3とN3E(N3 Enhanced Version=3nm強化バージョン)のリスク量産初年度と次年度と続けて多くの受注を受けている。良品率もN3の256Mb SRAMで80%以上に達し,SRAMはtest vehicle(試験用プラットフォーム)として,HPCチップやモバイル通信チップも80%以上に達している。更に,N3Eのリング・オシレータによる性能特性の良品率は92%以上に達した。

TSMCの強い技術力と冷え込んだ半導体市場

 今回の技術シンポジウムでは,TSMCは技術力の強さに関する情報発信はあったが,全半導体市況について,昨年よりもマイナスの情報が多く,消費市場が好景気から下方修正される可能性が伝えられた。

 2022年1Q(第1四半期)の世界の半導体売上高は1,517億ドルで,前年比23%増であった。同年2Qの売上高は1,525億ドルで,同13.3%増と,増加率は次第に緩やかになる。半導体の長い歴史的の中で,異例な動向と言えよう。

 米国の大手半導体市場調査会社「IC Insights」における半導体売上高データによると,増加率の「38年間の平均値」は,1Qのマイナス2%,2Qの4.2%,3Qの6.1%,4Qの2.2%のように,1Qは半導体の売上高が谷底から2Qに徐々に上昇し,3Qに最も高く,4Qに再び減少するという「半導体年間サイクルのパターン」がある。この38年間の中で,「好景気の19年間の平均値」を見ると,1Q:2.2%→2Q:8.6%→3Q:7.3%→4Q:3.7%であった。一方,「不景気の19年間の平均値」を見ると,1Q:マイナス5.3%→2Q:マイナス0.3%→3Q:4.9%→4Q:0.5%と同じ趨勢が読み取れる。しかしながら,今年の1Qから2Qの動向から見ると,大きな増加が見えていない。すなわち,世界半導体の消費市場のニーズが低減していることを意味している。

 最も楽観視している世界半導体市場統計(WSTS)も半導体市場の予測を下方修正(カッコ内は下方修正値)し2019~23年の半導体生産額を4,123億ドル→4,404億ドル→5,559億ドル→6,465億ドル(6,332億ドル)→6,797億ドル(6,624億ドル)とした。2022年6月の半導体売上高は50.82億ドルで,5月の51.82億ドルより1.9%も減少している。1976年以降の統計データを見ると,毎年6月期の半導体の売上高は5月期の売上高よりも高いが,今年は異例である。

 特に,今年のパソコン市場は,昨年のリモートワークの需要からの反動で,世界のパソコン市場はマイナスの14~16%である。アップルのiPhoneの除くスマートフォン市場は,アンドロイド方式のスマートフォンはリモートワークの需要の反動のほか,コロナ禍,中国のロックダウン,水不足,電力不足,失業率の増加による不況によって,消費者は買い替えを抑え,需要が大幅に減少している。

 インテルの今年2Qの売上高は153億ドルで,対前年度同期比で22%減,対前期比で16.8%減である。今年の売上高(予測)は650~680億ドルで,対前年比9%減である。ちなみに,今年の2Qのパソコン部門の売上高は77億ドルで,対前年比25%減である。また,TSMCの今年の売上高(予測)は767億ドルであり,半導体業界の1~2位のインテルのそれを凌駕するようになる。

 AMDの今年2Qの売上高は66億ドルで,対前年比は70%増の好調である。そのうち,データセンター部門の同期の売上高は15億ドルで,対前年比は83%増,パソコン部門は22億ドルの25%増,ゲーム部門は17億ドル増の32%増,埋め込み技術(damascene process)部門は13億ドルの2228%増(22倍)である。

 AMDの好調に対し,Nvidiaは半導体チップの在庫が非常に多く,予測から約2割の下方修正が必要となっている。今年2Qの売上高は67億ドル,対前期比19%減で,5月時点予測の81億ドルに比べ,17.3%減である。今年3Qの売上高(予測)は59億ドルの対前年同期比の11.9%減である。Nvidiaの業績不振の主な理由はゲーム用カードの販売価格の低下,インフレによる暗号資産(仮想通貨)の取引の「マイニング」のニーズが停滞。

 マイクロン・テクノロジーの6~8月期の売上高は17%減である。今年の2Qの売上高は86億ドルで,3Qは2Qに比べ,11.6~20.6%減と予測されている。

半導体の在庫分増加

 半導体の需要低迷による在庫日数が増え続けている。TSMCの半導体の平均在庫日数は,2021年3Qの76.09日,4Qの78.67日,2022年1Qの81.22日,2Qの85.93日と増え続けている。同じく,半導体受託製造(ファウンドリー)の聯華電子(UMC)は同期に58.23日,57.43日,60.65日,61.51日。世界先進(VIS)は50.85日,52.32日,53.53日,52.27日。半導体設計(ファブレス)大手のメディアテック(聯発科技)は71.34日,79.74日,103.19日,103.02日。パソコン大手のエイサー(宏碁)は66.48日,69.98日,79.33日,89.06日。エイスース(華碩)は105.11日,112.99日,148.53日,173.84日である。昨年の半導体の不足からのオーバーブッキング(過剰在庫)による在庫分の大幅な増加と,消費側の冷え込みから在庫を消化し切れず,この数値からも半導体の過剰在庫の現状を見ることができる。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2684.html)

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