世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2677
世界経済評論IMPACT No.2677

暗殺と世論分断:日本の評価を失墜させる二つの失敗

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2022.09.19

 暗殺から2ヶ月余り,要人警護の破綻や真相究明から目が逸されたまま,「反アベ」による世論分断だけが続いている。見かねたティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使は,9月9日,13万人のフォロワーを持つ公式ツイッターで,「国葬をめぐってメディアや日本の一部のオフィシャルからあれこれと発言が出ていることを残念に思います。それどころか,故人に対する目に余る言動に心を締め付けられております」と表明した。政権だけでなく,日本全体が問われ,国際社会の信任は大きく毀損されている。

安倍元首相暗殺事件を巡る3つの疑問

 要人警護の破綻に関し,警察に対する重大な疑問が3つ放置されている。四方を道路が囲んで警護が難しい場所の街頭演説に,なぜ奈良県警が同意したか。7月21日関西テレビは,4月に立憲民主党が同じ場所で街頭演説を申請した時,県警から後方の警護が難しいと指摘され,少し離れた所で選挙カーの上から演説した。維新も150m離れた所で演説し,共産党は同じ場所だが,ガードレールを動かして乗り入れた選挙カーの上から演説したと報道した。なぜ自民党だけ,あの場所で選挙カーもない演説に県警は同意したのか。

 8月下旬に警察庁が発表した検証及び見直しに関する報告書では,事件の2週間前,6月25日にも同じ場所で茂木幹事長が街頭演説を行ったが,「本件遊説場所の南方向(背後の意。筆者注)への警戒の必要性について具体的に考慮されることはなかった。また,街頭演説場所の変更を提案することについて検討されることはなかった」とだけ書かれている。県警が,立憲民主党に示した危険認識を変更する理由は無いから,自民党側から申し入れ,押し切ったとしか考えられない。当然ながらリスクに応じて警護員や警備人員を増やす必要が生じるが,増やさないことも含めて自民党側が申し入れたのだろうか。有権者の親近感を増したいとでも言ったのか。警察庁の報告書は,遊説場所南側の危険は「見落とされた」として済ませ,基本の徹底や能力向上のため,県警への警察庁の関与を強化させるとしている。疑問の解明より予算要求を重視したとの誹りを免れまい。「勝ちには偶然の勝ちがあり,負けには偶然の負けはない」とは江戸時代の剣豪,松浦静山の言葉である。だから本件については,「未必の故意」の可能性が想起されるのである。

 次の重大な疑問は,救命医が事件当日夜の記者会見で「頸部前側2ヶ所の銃槍が心臓の深さに達し,大動脈と心室壁を損傷した」と述べた事と,奈良県警が公表した「左上腕部から入射した弾丸による左右の鎖骨下の動脈損傷が致命傷。心臓の損傷は無い」という司法解剖結果の矛盾である。

 また,青山繁晴参議院議員が,銃弾一発が行方不明と警察庁から聞いたことを動画番組で述べている。司法解剖結果に関する記者会見が開かれないのは,極めて異様である。

 第3の疑問は,「統一教会に恨みがある」という暗殺犯の言い分を,奈良県警が事件翌日からそのままリークし続けたことである。犯罪に報酬を与えるわけでないとすれば,何かから世論の目を逸らすためとしか考えられない。第一の疑問に関する「未必の故意」と同様,組織的な背景があり,予め台本が用意されていたのではないかという疑念が湧くのである。

 統一教会の教祖,文鮮明は,朴正煕大統領時代に韓国中央情報部(KCIA)と連携して政治団体,国際勝共連合を設立し,自民党や米共和党と深い関係を築いて日米に進出した。ところが,ソ連が崩壊して最大の敵がいなくなった1991年,訪朝して金日成と会見し,政治目標に朝鮮半島平和統一を加えた。そして合同結婚式や霊感商法が問題を起こし始め,日本でかき集めた資金で政治活動を推進したのである。

 八幡和郎氏がアゴラやFacebookで指摘するように,岸信介,安倍晋太郎両氏や福田赳夫氏は,勝共連合との関係が深かった。冷戦終結後は,1992年の合同結婚式に祝辞を送った中曽根康弘氏や,金丸信氏,統一教会の支持を得ようと動いた鳩山由紀夫氏らが緊密だった。一方,1993年初当選で2000年に内閣官房副長官になった安倍元首相は,関連団体のイベントにメッセージを寄せた以外の関係はなかったという。

 文藝春秋10月号で,20年にわたって安倍元首相に取材してきたジャーナリストの岩田昭子氏は,井上元秘書官が旧統一協会に入信したという噂に対するコメントを得るため,事件の前夜に電話したが,安倍元首相の周囲で統一教会の名前を聞いたのは初めてだったと述べている。

 死してもなお,統一教会を無理やり結びつけて「反アベ」が続いている。

 要人警護を失敗し,その原因も致命傷も背景も謎を残したまま国葬を挙行することは,日本の統治能力に対する信頼を失墜させているだろう。

 さらに日本の評価を失墜させているのは,左翼とマスメディアが執拗に続ける「反アベ」が世論を引き摺り回し,政府に為す術がないことである。

反アベとは何か

 安倍元首相が掲げた「戦後レジームからの脱却」に対し,戦後レジームを擁護する勢力が連合して展開する総攻撃が「反アベ」である。戦後レジームとは,敗戦後の占領統治を通じて日本に組み込まれた国家観,歴史観,政治経済体制で,その中で,日本を拘束する負の要素を指す。

 6年8ヶ月にわたった占領統治の最優先課題は,弾が尽きても攻撃を止めない忠誠心や国家観を改造して思想的武装解除を行うこと,そして,200以上の都市と広島長崎への無差別大量殺戮に対する復讐心を切除するため,逆に罪悪感を刷り込むことだった。まず,約20万人の公職追放は,後任に軍部や皇室に反感を持つなどの理由で占領政策に協力する人間を座らせた。信書や新聞出版に対する検閲を行うとともに,昭和3〜20年に刊行された書籍7769点を没収して国家観,文明観を断絶した。焚書である。そして,War Guilt Information Programと命名した,罪悪感を刷り込むマインド・コントロールが実施された。戦争に伴う残虐行為や不当な圧迫はあったに違いない。そうした事が10〜最大50あったとして,それを100に誇張し「日本は残虐にアジアを侵略した」とする宣伝が,ラジオや新聞雑誌を通して行われた。

 占領統治は7年足らずで終わったが,公職追放後の役職に就いた占領協力者たちは,後継者を育て,罪悪感の刷り込みは今に至るも維持継承されている。さらに,中国,韓国,北朝鮮,ソ連/ロシアが,この罪悪感を利用し,維持継承を促している。周辺国以外,例えば東南アジアでは,この罪悪感がフィクションに基づくことは,沖縄県出身の池間哲郎氏が東南アジアで映像制作の仕事をしながら,高齢者を訪ねて日本軍政時代の体験を聞いて回って確認した。その体験を書いたのが『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』(2015/3/27 扶桑社)である。

 占領政策の協力者たちが育てた戦後左翼やリベラル,そして日本人に刷り込まれた罪悪感を利用してきた近隣国が,「戦後レジームからの脱却」を全力で阻止しようとする動機を持っている。だから最初は「アベは戦争をしたがっている」から始まり,「ファシスト」「言論統制をしようとしている」「友達政治」「官邸独裁」「嘘つき」など,あらゆるネガティブ・キャンペーンが続けられ,ついに生理的嫌悪感まで広められたのである。

 それぞれに動機や背景があることとはいえ,在日外国公館に「国葬は出席拒否してください」という文書が届けられるに至り,「日本はどうなってしまったのか」という懸念の声が聞かれている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2677.html)

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