世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2647
世界経済評論IMPACT No.2647

RCEPの発効と日本:利用の拡大と更なる改善

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2022.08.22

 厳しい世界経済の状況下で今年の1月1日にRCEP協定が発効した。まずは15カ国のうちの10カ国の発効であり,続いて2月1日には韓国でも発効し,3月18日にはマレーシアについても発効した。インドネシアとフィリピンの発効も急がれる。なおミャンマーに関しては,各国で対応が分かれている。

 RCEPは,2011年にASEANが提案して交渉を牽引した。RCEPの交渉はなかなか妥結せず,2019年にはインドが交渉離脱してしまったが,保護主義・米中対立とコロナが拡大する中で,2020年10月に遂に協定が15カ国で署名され,2022年に発効した。

 RCEP協定は,貿易の自由化や通商ルールなど多くの分野を包括する全20章から成る。RCEP協定の内容を見ると,多くの部分で,従来の複数のASEAN+1のFTAを超えている。

 RCEPの発効は,世界と東アジアにとって,大きな意義を有する。世界の成長センターである東アジアで,初のメガFTAかつ世界最大のメガFTAが実現する。RCEP参加国は,世界のGDP・人口・貿易の約3割を占めるとともに,それらが拡大中である。従来の複数のASEAN+1FTAの上に,その全体をカバーするメガFTAが実現する。

 更に,これまでFTAが存在しなかった日中と日韓のFTAが実現される。参加国全体の最終的な関税撤廃率は,品目ベースで91%となる。原産地規則も,これまでのASEAN+1のFTAに比べて,企業が使いやすくなっている。ただし関税の撤廃に時間が掛かる品目も多く,またルールにおいても合意できていない分野も多い。しかし先ずは発効し,徐々に内容を充実させていくことが肝要である。

 RCEPは東アジアに大きな経済効果を持つ。第1に東アジア全体で物品(財)・サービスの貿易や投資を促進し,東アジア全体の一層の経済発展に資する。第2に知的財産や電子商取引など新たな分野のルール化に貢献する。第3に東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援する。第4に域内の先進国と途上国間の経済格差の縮小に貢献する可能性がある。

 日本経済にとってもRCEPは大きな意義がある。多くの試算において,参加国の中で日本の経済効果が最大とされている。日本にとってRCEP参加国との貿易は総貿易の約半分を占め,RCEPは日本企業の生産ネットワークにも最も適合的である。

 更に初の日中と日韓とのFTAが実現され,日中間と日韓間の関税の多くが撤廃される。たとえば日本の工業製品に対する中国の関税撤廃率は,最終的に8%から86%へ,韓国の関税撤廃率も19%から92%へと大きく拡大する。日本の自動車部品に対する中国の関税撤廃の割合は,最終的に87%に拡大する。これらの自動車部品には,電気自動車用の重要部品やガソリン車用の重要部品も含まれる。

 またサービスや投資の自由化とルール整備も,日本経済や日本企業にプラスとなるであろう。サービスや投資においても,これまでの日本とASEANとのEPAや投資協定にない規定を含む。

 発効後,実際にRCEPの企業の利用が急速に拡大している。たとえば,日本商工会会議所によるRCEPの原産地証明書の発行数(企業のRCEP利用を示す)は,1月に671件,2月に3450件,3月に6371件,4月に6834件,5月には7211件,6月に9132件と急速に拡大している。6月には,従来最大の日本タイ経済連携協定(JTEPA)の発効数(6月に7811件)を追い越し,最大の利用となった。7月にもRCEPの発行数は8730件で,JTEPAの発行数の7816件を上回っている。RCEPは日本にとって初の中国と韓国のFTAであるからであろう。また原産地規則も従来のEPAに比べ柔軟になっている。

 今後,RCEPを更に質の高いFTAに改善していくことが必須である。関税の撤廃率を更に上げることも必要である。また各章の内容を更に充実させていかなければならない。たとえば,電子商取引において,CPTPPで規定されるがRCEPには含まれていないソースコード開示要求の禁止を含めることである。原産地規則に生産行為の累積を含めることや,紛争解決においてその対象分野を拡大することも考えられる。その際には,実際に利用する企業の声を聞くことが重要であろう。また新たな章を加えること,たとえばCPTPPには含まれているがRCEPに含まれていない環境,労働,国有企業などの章を加えることも考えられる。

 RCEPには,拡大する保護主義に対抗し,貿易投資の自由化と通商ルール化を推進することも期待される。RCEPがCPTPPや他のメガFTAと連携することも必要となろう。

 RCEPにおいては,ASEANの中心性とイニシアチブを確保し続けることが重要である。RCEPはそもそもASEANが提案して交渉をリードしてきた。東アジアの地域協力・経済統合においては,中国のプレゼンスが拡大する中で,ASEANが中心となる事でバランスが取られている。日本のASEAN支援も肝要である。

 世界経済は更に厳しい状況となってくるであろう。今後の世界と東アジアの経済において,RCEPの果たす役割は大きい。日本も,RCEPをより発展させていかなければならない。

 

[付記]本稿に関しては,拙稿「RCEPの意義と東アジア経済統合」,石川幸一・清水一史・助川成也編著『RCEPと東アジア』文眞堂(2022年6月),Shimizu, K.,”RCEP’s Great Impact on Japan and East Asian Economies,” AJISS-Commentary (JIIA), No.295, 2 August 2022 も,参照されたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2647.html)

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