世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
文武百官の真剣な議論を時は待っている
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.08.22
5年以内に防衛費を2倍にすると日米で確認したようだが,これに纏わる課題について考えてみたい。ウクライナ戦争に突入してから,国際政治学者の捉え方もこれまでの楽観主義的・理想主義的な論評から大分現実的になってきたように思う。つまり「戦争は戦争でしか解決できない」と。何時からクラウゼヴィッツ主義者になったのだろうか? おそらく「国際社会はこうあるべきだ」と論じてもプーチン政治は全く動じないから,論説を変えることになってしまったのだろう。
さて,防衛費増額の議論であるが,これは戦闘機器の増額が主になるのか,あるいはそれ以外のソフトの部分になるのか。こうした議論は決定的になるのではないか。軍民両用(デュアルユース)技術の研究について,日本学術会議では7月25日付で変更の書面を政府に提出したようである。大学での軍事研究反対の態度を表明していたから,方針変更と捉えられても致し方ないだろう。先端科学研究はいつの時代も両面性というよりも,むしろ極めて多義的・多様なものが普遍的である。まして「研究の自由」という理念においては,軍事利用という特定の部分に制限を加えることは,自己矛盾に陥る危険性さえある。これらの領域論争はいつの間にか玉ねぎの皮むきのようになって,問題の所在が不明になってしまう。
ロシア軍の戦闘についての報道を見ていると,第2次大戦の軍事ドクトリンからほとんど変化していない印象を受ける。現代戦のピンポイント作戦ではなく,市民や民間施設と軍事関連施設の区別もなく,とにかく面を押さえるためのものになっている。領土拡張を果たせば戦果は絶大との認識に基づいているのだろう。こうした軍事ドクトリンが見直されない限り,ウクライナ戦争は長期化が避けられない。
翻って,我が国の軍事ドクトリンはどのようなものになっているだろうか。当然,防衛省内で作成されているだろうが,ドクトリン現代化のためにも先端技術・思想に精通したシヴィリアンの参画が必要ではないだろうか。太平洋戦争の突破口は真珠湾攻撃であり,その作戦は空中戦であった。しかし,戦艦大和の建造に多大な資源を浪費し,自ら構築した空爆方式で攻撃され敗戦に至った。このことは誰の目にも明らかである。一つの自己完結的組織体は中々刷新が難しい。防衛費の増額はこの軍事ドクトリンの改定作業にも,多くの予算を割くべきではないか。古来政治体制は文武百官とか両班という,文人と軍人の密接な協力によって維持されてきた。現在の我が国においても地方行政は,公安委員会と教育委員会の二本柱で運営されており,この基本思想が底流にある。
しかし軍事・防衛を論ずる以前に,最近の治安機能はどうなっているのだろうか。さらに,この機能を論ずるにあたって避けて通れないのが憲法改正問題である。いわゆる「平和憲法」という日本国憲法はGHQから押し付けられたものであるが,これは成立事情からみて「敗戦憲法」といのがより正確な表現である。勝てば官軍という戦争の鉄則から言えば避けられない。敗戦国に武装解除を求めるのは当然であり,自衛力も勝利国の事情によって制限を加えられる。そこで考えてみたいのが,20世紀で最も民主的な憲法とされたワイマール憲法を改憲せず,如何にしてドイツは総力戦時体制を構築することが出来たのかということである。この歴史過程は十分すぎる程,史料に基づいて明らかになっているので,ポイントだけ提示したい。
バイデン大統領はウクライナ戦争が始まる直前に,「民主主義体制と権威主義体制」の相違・対立について議論したいと提案していたが,これとも関連してくる。ドイツの憲法学者K.シュミットは『現代議会主義と精神史的状況』(1923年)で次のようなことを主張している。第1章で「近代議会主義とよばれているものなしにも民主主義は存在しうるし,民主主義なしにも議会主義は存在しうる。そして,独裁は決して民主主義的な対立物ではなく,民主主義は独裁への決定的な対立物でない」としている。そして,K.シュミットはヒトラー政権成立の1933年にナチ党に入党する。彼の主張は自由主義の歴史展開を批判し,マルクス主義のプロレタリア独裁への理解を深めている。つまり,≪独裁者が人民の意志をより良く反映しているものであれば,独裁でも民主主義と結びつく≫と理解する。換言すれば,≪人民の意志をより良く反映するための政治的仕組みとして,議会と独裁者は等価である≫というものである。この教義の延長上に,ユダヤ人600万人虐殺とソ連の大粛清1000万人という結果がヨーロッパ戦線で展開された。そして,勝者が新たな時代をリードすることになった。人文学的教義は軍事技術や軍事費の運用に決定的に影響する。
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末永 茂
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