世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2634
世界経済評論IMPACT No.2634

中国の威圧に恐れず,ペロシ下院議長の訪台:ピューリッツァー賞受賞ジャーナリストの苦言

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.08.15

 「ニューヨーク・タイムズ」紙(8月3日付)にピューリッツァー賞受賞ジャーナリストのブレット・ステファンズ(Bret Stephens)氏の寄稿「ペロシ下院議長は中国の威圧に屈してはならない(The Last Thing We Need was Pelosi Backing Down from A bully)」が掲載された。本稿ではこの寄稿の内容を紹介する。

 アメリカのナンシ・ペロシ下院議長の訪台に,中国は恫喝の態度で阻止しようと圧力を加えた。8月4日に中国は台湾周辺の6カ所の地域にDF(東風)-15Bミサイルなどを11発(米台側は11発,日本側は9発と発表)発射し,日本の排他的経済水域(EEZ)に着弾した。また,台湾海峡の周辺地域を通過する米軍の艦船や軍用機と偶発的衝突が生じる可能性も高まった。

 ウクライナ戦争に際し,中国は,ロシア産石油と天然ガスを購入する対価として精密兵器をロシアに供給することで,ロシアの軍事行動に協力している(報道ではロシアに残された武器の在庫分はさほど多くないという)。

 当初,ペロシ下院議長のアジア訪問に台湾を加えることには,バイデン大統領も国防省も反対をした。これはアメリカの危機回避としては合理的な対応であった。しかし,下院議長のアジア訪問のスケジュールが公表されるや,中国は強力な威圧をかけ始めた。これに対し,アメリカ政府が態度を軟化させることは「中国に屈した」ことと見なされ,この瞬間に,アメリカは世界ナンバーワンの座から降りることを意味した。「威圧者(中国)は,常に武力で威喝し,相手の弱点を探り,相手(アメリカ側)の執り成しに対する努力を降伏の証拠と見なしている」。

 中国・春秋時代の軍事思想家である孫武の著作である『孫子兵法』に,「百戦百勝は技の極みではない。戦争せずに敵を屈することこそ技の極みと言える」と記した。中国政府が大騒ぎをする必要もないペロシ氏の訪台に対して過剰に反応しても,外交上の象徴すべき勝利を勝ち取ったことにはならず,これまでのルールに変化をもたらし,それは外交的危機を回避するどころか,アメリカのパートナーである台湾を一層孤立させ,軍事衝突や降伏,あるいはその双方という戦略的大惨事を早めることになるだろう。

 この数十年来,アメリカの議会議員は継続的に訪台している。今年5月にはイリノイ州選出の民主党上院議員タミー・ダックワーズ(Tammy Duckworth)が議会代表団を引率し,蔡英文総統と面会した。また,4月にはサウスカロライナ州選出の上院議員リンゼー・グラム(Lindsey Graham)が超党派議員代表団を引率し訪台している。いずれもいかなる危機を引き起こしてはいない(筆者注:そのほかに,2020年8月,チェコのビストルチル(Milos Vystrcil)上院議長一行の訪台例がある)。

 1997年,当時の下院議長ギングリッチ(Newton Gingrich)が台北行きの前に北京を訪問し,中国側に「台湾が襲撃された場合,アメリカは軍事的防衛を行う」と明確に警告した。ギングリッチは「彼ら(中国側)は,“アメリカはそのような権利を持たない”とか,これは“中国の内政への干渉だ”などとは一切言わずに何ら議論にはならなかった」と述べた。中国側は「OK,分かった」と語り,「私たち(中国)も台湾侵攻を考えていない。従ってあなた(アメリカ)は台湾を防衛する必要がない」と述べたという。

 これらの訪問は1970年代以降,米中台関係は外交的理解の下で行われてきた「一つの中国政策」と「台湾関係法」に基づくものである(筆者注:アメリカの「一つの中国政策」とは,「台湾関係法」,「3つのコミュニケ」と「六つの保証」から成り立っている。中国が主張する「一つの中国の原則」とは,中身が完全に異なっている)。しかし近年,中国が経済的,軍事的に台頭すると,逆に,アメリカの支配が弱まっていると捉え,中国は自らの新しいルールを作り,荒唐無稽な論法を主張するようになった。挑発行為に言い訳をつけ,少しずつ相手に侵食する“サラミ戦術”で徐々に過激さを増し,遂に武力行使という威圧手段で,相手に心理的にも致命的な一撃を叩き込むようになった。

 これは香港で行使した独裁的支配の方法である。また,南シナ海でも同様に軍事的支配を進めている。これは日本の離島(尖閣諸島)の主権を弱体化させる方式でもあり,台湾でも同じようなアプローチを取っていると思われる。

 北京側はペロシの訪台でメンツを潰されることに過剰に反応し,威圧的手段に訴えているが現状では開戦のリスクを冒すことはないと見られる。

 その上で,アメリカの取るべき対策は「態度を後退させることではない」とし,著者は以下の数点を提言している。

(1)議会代表団を毎週のように台湾に派遣し,訪台を常態化させる。それによって,北京側の抗議を腑抜けにさせる。

(2)中国の台湾侵攻に対し,バイデン大統領はアメリカが軍事的介入すると数回にわたり述べた。しかし,この主張を「曖昧な戦略」から公式に「明確な戦略」に改める必要である。また,アメリカの軍艦の台湾海峡通過を頻繁にさせる必要がある。そして,アメリカと台湾の特殊作戦部隊が,秘密裏に推進してきた共同演習を対外的に発表するべきである。

(3)ロシア軍に大きな打撃を与えた米製武器を台湾側に提供することが必要である。これらの武器は分散がしやすく,隠して保管しやすい非対称的武器である。それは対戦車・装甲車ミサイルのFGM-148(ジャベリン),自爆突入型無人航空機のスイッチブレード,携帯式防空ミサイルシステムのFIM-92(スティンガー),海軍対艦ミサイル(NSM)などである。

(4)バイデン大統領は,特に海軍の軍事支出の大幅な増加を提案する必要がある。海軍は現在,艦艇数で中国に遅れをとっている。これは産業政策として,また世界的な安全保障の強化の手段として,超党派の支持を得るだろう。

 軍備競争を行った場合,中国は対抗措置として一層軍備を強化するだろう。その結果,中国は軍備支出が財政収入を超え,財政の破綻を招くことになる。これはロシアのプーチン大統領が直面した教訓でもある。最も重要なのは,これらのシグナルを北京側に伝え,彼らも同じような悲劇の徹を踏まないことが大切である。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2634.html)

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