世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナ危機に揺れるEU:EUの方向性を左右する加盟国間の分断
(欧州三井物産戦略情報課 GM)
2022.08.08
露の侵攻5カ月を経て消耗戦に。戦争は年単位で長期化
露のウクライナ侵攻後5カ月が過ぎた。露は特別軍事作戦の目標を東部の掌握に変更し,ドンバス地域に兵力を集中している。じわじわと前進しているが,ウクライナ軍の激しい抵抗の下で予想以上の時間と犠牲を強いられ,南部ではウクライナ軍の反転攻勢等,戦争は消耗戦の様相だ。
在欧専門家の間では,戦争は長期化,年単位のものとなり,その後停戦協定が成立したとしても安定的なものではなく,したがって欧米日による対露制裁も長期化する可能性が高いとのコンセンサスが形成されている。
ウクライナ危機の長期化と共に結束が乱れ6つの「分断」に揺らぐEU
ウクライナ危機が長期化し,欧米日の対露制裁と露による対抗措置によってエネルギー・食料を中心とする供給不安と国際商品市況の高騰,それによるスタグフレーション懸念等,返り血が深刻化する中で,様々な分断がEUを揺るがしている。
(1)対ウクライナ軍事支援を巡る分断
露のウクライナ東部を中心とする攻勢に対し,NATO,EUは重火器の供与を急ぐが,その中で独の対応が後手に回っており,EUにおける独の求心力が急低下している。ショルツ独政権の後手の対応は,国内でも野党CDU/CSUのみならず,連立を組むGreen,FDPからも批判され,厳しい対露姿勢をとるGreenへの支持率は今やSPDを上回っている。
(2)対露制裁を巡る分断
EUは,7/21に金の輸入禁止を中心とする対露制裁強化を決定。しかし,5/30に合意した原油・石油製品禁輸を含む対露第六次制裁の際に,ハンガリーの強硬な反対により欧州委員会の制裁案発表から妥協成立まで1カ月弱を要したため,今回は短期間で合意可能な措置に限定せざるを得なかった。そのため「管理・調整パッケージ」とし,第7次制裁とは呼ばず,一部では第6.5次制裁と揶揄されている。
(3)和平・停戦を巡る分断
危機が長期化し消耗戦が続く中,停戦と戦争終結への道筋を巡る分断も顕著。露とのエネルギー,経済面での強い繋がりを背景に独仏伊が対話,早期停戦の実現を重要視,ある程度の妥協が必要と考える「融和的」姿勢なのに対し,米英や歴史的過去からポーランド,バルト三国が露に対する徹底抗戦を主張。露はガス供給削減等様々な手段を駆使して欧州に楔を打ち込もうとしており,エネルギー等を梃としたそうした試みは今後より一層激しさを増そう。
(4)エネルギー,環境政策を巡る分断
脱炭素化を巡り家計・企業への悪影響を斟酌しより慎重な取り組みを求める中東欧諸国と,野心的な脱炭素化の目標を堅持し,Fit for 55で示された流れを逆に加速させるべきだとする独を含む北欧諸国の対立が激化している。
また,EUは7/26の臨時エネルギー理事会で露からのガス供給が停止する事態に備えて8月から来年3月末までの間のガス使用量を自主的に15%削減することで合意したが,その過程で露産ガスへの依存度が低い西等南欧を中心に強い反対意見が相次いだ。結局,様々な例外規定を設けたうえで辛うじて合意に達したが,実効性は大幅に低下したのが実情だ。
(5)財政政策を巡る分断
中長期的に,安全保障,露産化石燃料依存からの脱却,エネルギー価格高騰に対する支援,景気対策,難民支援等の為,大規模な財政支出が必要となる。これへの対応を巡り,財政規律を重視し,大規模な財政出動に反対するFrugal4とドイツ等財政緊縮派の北欧と,財政的に脆弱で,コロナからの復興基金Next Generation EUに続く大規模なEU共通債の発行による資金配分等,財政のさらなる統合を求める伊,西,仏等南欧,そして中東欧との対立が目立つ。
(6)COST OF LIVING CRISISに対する国民の不満の高まり
生活費の高騰を背景に,低所得層を中心に政府に対する不満が高まり各国政治を揺るがしている。仏では大統領選では現職マクロン大統領が勝利を収めたものの,下院選では与党連合「アンサンブル」が過半数を失った。伊では挙国一致内閣を率いたドラギ首相が,五つ星運動や同盟等の支持を失い辞任,9/25に実施される総選挙では,極右「イタリアの同胞」を中心とする右派ポピュリスト政権誕生の蓋然性が高い。
分断は短期のみならず中長期的なEUの方向性を左右
以上の分断は,広範囲にわたり政策の方向性,実行のスピードに悪影響を与えている。
短期的に懸念されるのは,秋口からリセッション入りが確実視されるEU経済への影響だ。EUにおけるリーダーシップの不在や財政政策を巡る分断,各国政治の揺らぎは,迅速な経済対策の履行を妨げ,経済の落ち込みをより深刻化・長期化させる恐れがある。
中長期的には,EUの制度改革への取り組みや統合の方向性,スピードに悪影響を与えよう。EU懐疑派政権の誕生等を通じ巨大な遠心力が働く恐れがある他,Fit for 55やREPowerEUの法制化や各国の政策実行の遅れを引き起こし,脱炭素化政策の絶対的リーダーとしてのEUの地位を揺るがしかねない。
こうした分断の拡大に歯止めをかけ様々な政策を軌道修正できるのか,ウクライナ危機が長期化する中でEUも大きな岐路に立っている。
- 筆 者 :平石隆司
- 地 域 :欧州
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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