世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ復権に身構えるEU
(多摩大学 特命教授)
2024.12.02
通商,脱炭素化,安全保障政策の転換とインプリケーション
米国大統領選で,米国第一主義のトランプ前大統領が圧勝,議会選でも上下両院を共和党が制しトリプルレッドを達成した。
EUにとり米国は,域外輸出の2割,対外直接投資残高の3割弱を占めると同時に,基本的価値観を共有する同盟国だが,トランプ次期大統領は,バイデン現政権から,通商,脱炭素化,安全保障政策の大転換を画す。政策遂行を担う閣僚やホワイトハウス補佐官を,自らと政策路線が一致し,忠誠心が強い人物で固めており,トランプ2.0の荒波がEUに迫る。
1.通商政策
トランプの通商政策は,貿易赤字解消が至上命題。中国に60%の関税を課すと共に,その他の国にも一律10~20%の関税を課す方針を選挙中示したが,早くも11/25に,中国に10%の追加関税,メキシコとカナダに25%の関税を大統領就任後に課すと発表,強硬策の口火が切られた。
米国の対EU貿易赤字は(2024年1~9月),1735億ドルと対中に次ぐ規模であり,EUがタリフマンの次の標的となる蓋然性は高い。
こうした政策はEUに対し,①対米輸出減,②中国経済の下振れによる対中輸出減と,中国によるEUへの輸出ドライブ,③在墨欧州企業(VW,メルセデス等が製造拠点を持つ)の対米輸出減,④貿易政策を巡る不透明感の高まりによる設備投資減,等の影響を及ぼす。
IMFの試算では(10月世界経済見通し。米,中,ユーロ圏が相互に10%の関税を,米がその他諸国と相互に10%の関税を課し,貿易を巡る不確実性により世界の設備投資が下押しされると想定),2026,27年のユーロ圏の実質GDPは,高関税政策無き場合に比べ0.7%ポイント下押しされる。こうした影響は,輸出依存度が高い独に集中的に現れ,2024年迄2年連続マイナス成長が見込まれる独の低迷を長期化させる恐れあり。
2.脱炭素化政策
トランプは,選挙中,①パリ協定からの再離脱,②バイデン政権が導入したIRA(インフレ抑制法)廃止,③規制緩和による化石燃料生産拡大,等を掲げた。①及び③については,着実に実行されようが,②については,恩恵を受けるプロジェクトが共和党支持州に多いため,実際には,EV税額控除廃止や,洋上風力発電支援の縮小等,一部の支援策縮小に留まろう。
EUは欧州グリーンディールを全政策の一丁目一番地とし脱炭素化政策を進めてきたが,足下でGreen Backlash(コスト増等に起因する脱炭素化政策への反発と揺り戻し)に苦しむ。米国の脱炭素化政策の大幅な後退は,右派ポピュリストが先導するこうした動きを勢いづかせよう。
また,自動車,風力発電産業への影響も懸念される。VW等,EUの自動車産業はEVシフトを進めるが,ドイツ等EU各国政府のEV支援策廃止や中国メーカーとの競争激化に苦しんでおり,米国EV市場の縮小は一層の下押し圧力となろう。洋上風力発電は,EU企業が競争力を持つ分野だが,開発費の上昇を背景に足下で計画の縮小が相次ぐ。洋上風力に否定的なトランプの下で米国市場が一層縮小すれば,EU企業の苦境が増そう。
3.安全保障政策
トランプの安全保障政策は,同盟国に共同防衛への投資義務を果たすことを求め,満たされない場合には同盟義務の不履行を示唆。NATO加盟のEU諸国の内,2024年時点で伊,西等8カ国がGDP比2%以上の支出目標値を未達見込み。これら諸国にとどまらず,駐留米軍の一部撤退等の脅しにより,その他加盟国も一層の軍事費拡大を余儀なくされよう。
ウクライナ紛争に関しては,ロシアとの協議による早期終結を目指す。米国の追加支援に否定的で,欧州が負担を拡大すべきだとする。
トランプ次期政権は,2025年前半に露ウクライナ間の停戦交渉開始に成功するだろうが,領土と,ウクライナの安全保障確保等を巡る隔たりは大きい。交渉長期化⇒決裂と戦闘再開⇒交渉再開といった不安定な状況が続く蓋然性が高い。この間,米国の支援縮小と(米国の2022年初~24年8月の支援額は912億ドルと総支援額の4割弱),EU諸国による肩代わりは不可避だが,国民の支援疲れもあり支援拡大には限界があろう。
4.トランプ2.0のインプリケーション
第一に懸念されるのは景気の下振れだ。トランプ次期政権の政策はEU景気を押し下げるが,前述した通り通商政策のみで0.7%ポイントもの下押し効果がある。EU景気は,11月の総合PMIが景気拡大縮小の分岐点50を下回る等低調であり,下押し効果を考慮すると,当面前年比1%に満たない低成長が続く恐れがある。
第二に,中長期的な競争力や生産性の低下だ。「ドラギレポート」は競争力と生産性向上のため毎年8000億ユーロ規模の投資が必要とするが,財政健全化を進める中,防衛費及びウクライナ支援の増加と投資拡大の両立は困難だろう。
翻って,トランプ復権で日本に求められるのは,苦境に立つEUと通商,脱炭素化政策等を中心に連携を強化し,米国に代わり自由貿易維持,温暖化防止等に積極的役割を果たし安定した国際秩序作りを先導していくことではあるまいか。
- 筆 者 :平石隆司
- 地 域 :アングロアメリカ
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
関連記事
平石隆司
-
[No.3557 2024.09.09 ]
-
[No.3325 2024.03.04 ]
-
[No.3222 2023.12.11 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]