世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2590
世界経済評論IMPACT No.2590

台湾海峡におけるリスク指数の高騰:ゴールドマン・サックスの指摘

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.07.11

ゴールドマン・サックスのリスク指数

 ロシアによるウクライナ侵攻後,台湾海峡を挟んで中台間の地政学的緊張が高まった。それを反映し,ゴールマン・サックスのストラテジストであるアルビン・ソー,ティモシー・モエは,顧客向けリポートで中台間の「クロスストレート・リスク・インデックス(Cross-Strait Risk Index)」および「クロスストレート・リスク・バロメーター(Cross-Strait Risk Barometer)」の2つの指数がこの3カ月間に大きく高まったと指摘した(Goldman’s New Index Shows China-Taiwan Tension at Decade High)。

 その主な理由は中国がロシアを模倣し,台湾に軍事的侵攻を開始することであり,この戦慄のシナリオは投資家の心理に多大な影響を及ぼしている。そしてこの状況は,今年10月に開催する「中国共産党第二十回全国代表大会(二十大)」で,中国の台湾政策が明らかになるまで続くと見られている。

 世界規模でコロナ禍が蔓延する中,台湾は一時的にはコロナ禍蔓延防止の優等生であったため,台湾からの輸出は堅調で,台湾の株価も史上最高値を記録した。しかし,今年5月以降はオミクロン株の蔓延を防ぐことができず,台湾の感染者数は拡大の一途を辿った。ロシアによるウクライナ侵攻による世界経済の低迷と台湾海峡の危機を反映し,台湾株価も下落が続き,台湾加権指数(TAIEX)は2月末の約17,500ポイントから7月5日に約14,167ポイントと大幅に低下した。世界半導体ファウンドリービジネス業界トップのTSMCもこれを避けることができず,2月末の高値から約2割の減少となった。

 「今日のウクライナは明日の台湾か」という台湾海峡の危機が高まり,投資家は中台への投資に消極的だ。ゴールマン・サックスの「クロスストレート・リスク・インデックス」は,地政学上の台湾海峡のリスクを反映し,「クロスストレート・リスク・バロメーター」は,台湾のハイテク製品輸出による中国への影響および観光関連株などが市場での潜在的リスクを反映しているものと見られる。

不確定要素の高まり

 株価はリスクに対し予期心理の動向を反映している。台湾経済アナリストの黄世聡は,「この半年に台湾の株価は約2200ポイントが下落したが,これは台湾海峡のリスクが要因である」と述べた。また,「この期間に台湾証券市場では約306億ドルが売られた。世界の株価の回復がない限り,台湾株価が回復する確率は高くない」とも言う。その上で「今後,最も注目すべきは,アメリカの金利の上昇と中国の政治的動向(二十大)からの影響だ」と述べた。

 黄氏は台湾株価に対するパラメータとして,第1が「台湾海峡における米中の軍事的デモンストレーション(軍事演習,偵察飛行など)」による緊張を挙げる。6月21日には,中国の軍用機29機が台湾西南空域の防空識別圏(ADIZ)付近に侵入した。今年に入って3度目の1日当たり20機以上の侵入である。これに対し,米軍も6月24日に愛称「ポセイドン(Poseidon=ギリシャ神話の“海の神”」のP-8A哨戒機に台湾海峡を通過させた。その際,中国の戦闘機と空中で20分間も対峙したと言う。

 第2のパラメータとして,「8月の北戴河会議,10月の「二十大」のように,中国の政治動向が台湾の株価に影響する。習近平国家主席の人事争いや人事配置も株価に影響を及ぼす」と述べた。また,「「二十大」以降,習近平の続投が決まり,武力による台湾統一の野心が高まった場合,リスクの高まりによって台湾の株価だけでなく,世界各国の株価に大きな影響を及ぼす」と述べた。

台湾海峡リスクの根幹は中国によるリスク

 ゴールドマン・サックスのリスク指数の高まりは,投資家の憂慮心理を反映したものである。ウクライナ戦争による燃料・食糧の不足と高騰,コロナ禍による中国上海など都市のロックダウン(中国は“静態清零”と称しているが,事実上の“封城”)によるサプライチェーンと港湾輸送の一時寸断などの実体経済への影響は,台湾海峡に発生するかも知れないリスクの心理的な影響を凌駕している。台湾海峡の両岸は緊張状態であるが,台湾の半導体や部品は依然として中国に輸出されている。しかし,台湾産の農水産品のパイナップル,マンゴーや養殖魚などの対中輸出には影響が出ている。

 台湾の投資家や企業家は対中投資のリスクには既に慣れている。そのために,近年,彼らは中国投資の比重を次第に減少あるいは撤退し,生産拠点を台湾に戻すか,ベトナムやインドに移転し,リスクの回避を行っている。台湾有事の場合,台湾通貨や株価の下落だけでなく,世界の株価にも大きな影響を及ぼす要因になっている。昨年以降の半導体の不足から,台湾の半導体産業や他のハイテク産業が世界経済に大きな役割を果たしていることが顕在化した端的な例と言える。

 ウクライナ戦争以降,西側諸国やこれに同調する民主主義国家は軍備用品や援助物資が次々とウクライナに提供している。長期にわたり軍事的中立を保っていたスウェーデンとフィンランドはNATOへの加盟を申請した。これらの動向はウクライナ侵攻前のプーチン大統領には予測できないものであった。同様に,万が一中国による台湾侵攻が発生した場合,米軍からの救援はもちろんのこと,民主主義国家による兵士の派遣や軍備用品,援助物資が次々と提供されることは想定できる。近年,台湾と国交関係を締結していない西欧や東欧諸国の国会議員の訪問団が次々と台湾を訪問している。台湾有事は単に台湾の出来事だけでなく,全世界の民主主義国家が直面する大きな出来事であると意識するようになった。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2590.html)

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