世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2588
世界経済評論IMPACT No.2588

変わる国際ビジネスにおける優位性:企業特殊的優位からビジネス・エコシステム優位

桑名義晴

(桜美林大学 名誉教授)

2022.07.04

 世界規模の大変革やVUCAの時代と言われる今日,未来を予測することはますます困難になっている。新型コロナウイルスの発生によるパンデミックやロシアのウクライナ侵攻を誰が予測したであろうか。とはいえ,こうした時代にあっても,企業は未来を見据え持続的な成長や発展を目指さなければならない。それには企業は時代や社会の変化とともに進化を遂げなければならないが,今日のように未来の出来事が予測できないとすれば,自らが時代や社会を創造する「環境創造」の経営を展開することが重要になるのではないか。パーソナルコンピュータの生みの親であるアラン・ケイは,「未来を予測する最善の方法は未来を創ることだ」という名言を残した。

 このように考えると,企業にはこれからの地球社会で生きる人々がどのような価値を希求して活動するのかを探索してイノベーションに挑戦し,新たな顧客価値と社会価値を創造することが求められるであろう。それには企業は顧客,サプライヤーは言うまでもなく,世界の国々の政府,国際機関,大学・研究所,NGOなど,多様なステークホルダーとのコラボレーションが不可欠になる。

 こうしたなか,1990年代半ば頃から「エコシステム」という概念がビジネス界でも使われるようになった。それに影響を与えたのはJ. F. ムーアの研究である。彼は,企業を単一業界の構成員としてではなく,多様な業界にまたがるビジネス・エコシステムの一部として捉えることが妥当である,と主張した。90年代になって,デジタル革命によってビジネス環境が急激に変化し,新たな技術,製品,事業を創造するためには,企業が国,業界を超えて多様な組織(プレーヤー)とネットワークでつながり,それぞれが得意分野の知識や能力などを持ち寄ってコラボレートしながら,新しい価値を創造する企業が出現してきたからである。

 このビジネス・エコシステムの形成によるビジネス展開は,当初マイクロソフト,インテルなど,米国のIT企業で行われていたが,その後グーグル,アマゾン,フェイスブック(現メタ)など,いわゆるGAFAと称される企業でも行われようになった。とりわけ,後者の新興企業が短期間で急成長し,圧倒的な存在感で世界市場を席捲するようになったので,ビジネス・エコシステムは一気に注目されるようになり,他業界へも拡大・普及するようになった。もちろん,それは国境,地域を越えても行われるので,国際ビジネス活動の展開でも新たな競争優位を構築するビジネスモデルとして注目されている。

 しかし,国際ビジネス研究においては,ビジネス・エコシステムの研究がまだ少ない。それゆえ,既存の国際ビジネス理論では現在の国際的なビジネス・エコシステムの活動は説明できない。国際ビジネス理論には企業の発展段階モデル,内部化理論,OLIモデル,グローバル生産ネットワーク理論など,多くの理論があるが,それらは国際ビジネス活動の展開には所有特殊的優位,立地特殊的優位,内部化優位などの活用が大事だと主張するけれども,基本的には本国の親会社の所有する資源の優位性,言い換えると,企業特殊的優位の活用に重点が置かれている。また,それらの理論は海外で製品需要の存在する成熟段階の市場を前提としていたり,合理的な生産ネットワークの構築,部品や業務の効率的な立地・配置などを重視している。それらの理論は,言い換えると,不確実な国際ビジネス環境,海外市場における新たな事業,市場,顧客の創造など,現在のビジネス・エコシステムの前提となっているものを想定していないのである。

 しかし,国際的なビジネス・エコシステムを形成すると,世界の多様なプレーヤーを通じた資源や能力の獲得による海外市場の開拓が容易になる。したがって,それは資源や能力に

 恵まれない中小企業の国際展開のスプリング・ボードにもなる。また,それは世界の多様なプレーヤーとのつながりを通じて新たな知識や能力の獲得と共有,そのプロセスでのコラボレーション,学習,共創という新たなイノベーションのための関係構築も期待できる。そしてそれらの一連の活動を通じて,それは新たな価値の創造や獲得も可能になる。したがって,国際的なビジネス・エコシステムには,従来の企業特殊的優位に基づく「パイプライン」型のビジネスモデルでは得られなかった多くの優位性があるといえる。

 こうして,企業は国際的なビジネス・エコシステムを形成し,探索的なイノベーションに挑戦すれば,現在の地球規模の経済・社会課題に対しても,グローバルかつローカルなレベルで新たな価値創造へと向かうこともできるようになる。したがって,それはまた,未来社会の創造にも結びつくことになると考えられる。しかし,その前提には世界の多様な組織や人々との「コネクタビリティ」と「コラボレーション」がある。現在,新型コロナウイルスによるパンデミック,米中対立の激化,ロシアのウクライナ侵攻などによって,世界は分断しつつある状況を呈しているが,このような状況はビジネス・エコシステムの構築によるさまざまなメリットの享受という点からみても,大きなマイナスであることは言うまでもない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2588.html)

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