世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2443
世界経済評論IMPACT No.2443

デジタル時代の日本的サービスのハイブリッド化

桑名義晴

(桜美林大学 名誉教授)

2022.03.07

 第二次世界大戦後,世界の経済や企業はグローバリゼーションとデジタル化の波を大きく受け発展してきたが,ここにきて新たな変化に晒されている。前者については,反グローバル化の動きが顕在化してきており,企業は世界の地域や国の動向や変化をより重視しなければならなくなっているし,後者については,新型ウイルスの発生によるパンデミックによって,その企業における推進にいっそう拍車がかかるようになった。会社ではリモートワークやオンライン会議,学校ではオンライン授業,学会ではオンライン・コンファレンスが急速に普及し,ニューノーマルになりつつある。こうしていまわれわれは,人と直接接触しなくても生活や仕事ができるようになってきている。このような状況のなか,人間同士の直接的な接触と相互作用をベースとする「日本的サービス」が,今後も世界的にみて競争優位となり得るのか,ということが問われる。

 日本のサービス産業の企業は,十数年ほど前から海外市場の開拓に本格的に乗り出しているが,その際に常に顧客の立場に立ち,きめ細かいサービスを提供する日本的サービスを競争優位と位置付けた企業は少なくない。確かに,「きめ細かい」「相手を思いやる」「安心,安全を大切にする」など,日本人の気質に由来する内容を有する日本的サービスは,世界的にも評価が高いので,日本企業の競争優位になる可能性が十分ある。

 しかし,コンピュータ,インターネット,遠隔知能(RI),人口知能(AI)など,デジタル技術の急速な発達と普及によって,対面による顧客との直接的な接触を持たずとも仕事ができるようになると,日本的サービスの良さを外国の顧客に実感してもらうことができなくなるのではないか,という懸念が出てくる。今回のパンデミックによって,企業では国際的にもリモートワークやオンラインによる会議や商談が普及したし,優秀なAIロボットの導入も進んだ。日本のレストランや居酒屋でも,ロボットがかなり登場するようになった。

 なるほど,デジタル技術は時間と距離を縮小させ,コスト面でも有利である。まさに「コンピュータは人間の知的能力の限界を吹き飛ばし,人類を新たな領域に連れて行こうとしている」と言えるのかもしれない。このように考えてくると,今後のデジタル社会では日本的サービスの競争優位はなくなってしまうのではないかと考えてしまう。果たして,そうであろうか。

 周知のように,人間には優秀なAIロボットでもできない能力がある。その1つが自分でアイデアを出し,新しいものをつくり出す「創造力」であり,もう1つが他人の反応に気づき,それに適切に反応できる「社会的な能力」である。アイデアを出したり,人の心を読み,それに共感したり,人間同士の複雑なやり取りをうまく処理することはロボットにはできない。日本的サービスの本質にはロボットにはできない,いわゆる人間に固有の頭脳,心,本性にかかわるものが少なからず含まれているので,今後デジタル技術がさらに発展しても,その魅力が簡単にはなくならないのではないかと考えられる。とりわけ,日本的サービスの象徴ともいえる「おもてなし」には,人間の創造力と社会的な能力が決定的に重要になる。

 とはいえ,これからのデジタル時代において,日本的サービスを競争優位にして国際ビジネスを展開するには念頭においておかなければならない点も少なくない。その1つがAIロボットの関係である。現時点ではAIロボットはきめ細かいサービスを提供する日本的サービスに遠く及ばないとしても,今後それに近づいてくることは疑いない。しかし,人間とロボットには,前述のように,まだ本質的な違いがある。したがって,今後日本的サービスを考える場合,人間とロボットの違いを正しく見極め,その役割分担を明確にしておくことが重要となろう。これは人間とロボットのそれぞれの優位性を引き出し,より良いサービスを創造することであり,日本的サービスのハイブリット化といえる。

 もう1つが諸外国にあるサービスとの関係である。言うまでもなく,外国には日本的サービスとは異なるサービスがある。しかもサービスはその国の文化に密接に関係している。日本的サービスは世界的にみても質的レベルが高いといっても,それが外国でも簡単に受け入れられるとは限らない。また,外国には日本的サービスよりも優れたサービスがあるかもしれない。実際に,欧米のホテルやエンターテイメントなどは世界標準のサービスを顧客に提供し,認知されている。これらの点を考えると,日本的サービスと外国のサービスの良い点を取り入れて,多くの国に受け入れられる世界標準のサービスを創造することも必要となろう。これも日本的サービスのハイブリット化といえる。

 日本企業が日本的サービスの優位性を高めるためには,このようなそのハイブリッド化を進めることが肝要になると思われる。そのためにはその実践を担う人材が必要になる。デジタル分野やその技術に精通し,人間とAIロボットとの違いを正しく見極め,その協働を促進できると同時に,世界の多様な文化にも精通し,新しい世界標準のサービスを創造できる能力のある人材である。これからのデジタル時代で,ますます激化するグローバル競争で生き残り,さらに成長を達成する企業とは,このような人材の育成に多くの時間とエネルギーを費やす企業ではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2443.html)

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