世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パンデミック,デジタル化,そして日本的サービスのゆくえ
(桜美林大学 名誉教授)
2021.04.05
一昨年の12月に中国から発生した新型コロナウイルスは,瞬く間に世界中に拡がりパンデミックとなり,いまだ世界を震撼させている。世界各国でワクチン接種が始まっているとはいえ,まったく終息の兆しもみえない。わが国でも緊急事態宣言が解除された途端,全国的に感染者がまた増える傾向で,第4波が襲い始めている。このパンデミックによって,世界経済は第二次世界大戦後最悪の景気後退を経験しているし,日本経済も金融危機や東日本震災時を大きく上回る戦後最悪の状況である。こうしたなかで,とりわけ大きなダメージを受けているのが飲食業,観光業(旅館,ホテル),鉄道,航空などのサービス産業である。
世界の先進国の経済は,1970年代頃から脱工業化でサービス経済へシフトしてきた。欧米先進国では,サービス産業の比率は1990年代前半から70%を越えるようにおり,わが国でもほぼ同じである。わが国では1990年代に入り,製造業の国際競争力が低下すると,サービス産業の生産性の向上や国際競争力の強化が話題になった。日本のサービスは質的に世界最高レベルだとして,それを競争優位にして海外進出をはかる企業もみられるようになった。
確かに,「きめ細かい」,「相手を思いやる」,「安心,安全を大切にする」,「時間に正確」など,日本人の気質や性格に由来する「日本的サービス」は,外国でも評判が良いので,日本企業の競争優位になる可能性がある。とりわけ,その象徴ともいえる「おもてなし」は,相手の心や立場になってサービスを提供するものであるので,外国人にも大きな感動や喜びを与えるかもしれない。しかし,このような日本的サービスは今回のコロナウイルスのパンデミックの発生で,ほとんど活かす場がなくなった。パンデミックによって国境が封鎖され,人々の交流や接触が抑えられ,3密の回避,ソーシャル・デスタンスを守ることが要請されたからである。日本的サービスは顧客に直接接して,その良さを評価されるものであるにもかかわらず,それができなくなったのである。ウイルスという目に見えない敵が日本的サービスの前に大きく立ちふさがったのである。
一方,世界の職場ではリモートワークが奨励され,学校では対面授業に代わってオンライン授業,学会はオンライン・カンファレンスがノーマルになった。人々と直接会わず,コンピュータ,ネットワークなど,デジタル技術を使って仕事,勉強,研究をするようになった。なるほど,このようなデジタル技術を使った方法は時間,距離,コスト面で有益で,非常に便利でもある。筆者も,この1年間でZoomによる授業や国際学会への参加を経験したので,その便益を実感した。
また,いまデジタル革命が進行中で,今後コンピュータ,遠隔知能(RI),人工知能(AI),インターネットなどデジタル技術の発達によって,われわれの多くの仕事がロボットにとって代わられるとの予測もある。サービス産業のなかで,飲食,宿泊,輸送,倉庫,小売りなどの仕事がロボットに置き換わる割合が多いという。事実,飲食業やホテルでは接客ロボットが登場している。このような近年のデジタル技術の驚異的な進歩を考えると,人間同士の相互作用をベースとする日本的サービスの魅力の提供の場がやがてなくなるのではないかとも心配になる。今後,そのようなことが果たして現実となるのだろうか。当分,そのような状況にはならないと考える。その分野の専門家によると,人口知能がトップレベルの人間並みのスキルを習得するには50年あまりかかると推測されている。
人間には優秀なロボットでもできない能力がある。その1つが他人の反応に気づき,それに適切に反応できる「社会的な能力」である。「人間が種として大成功を収めたのは,社会的な能力がずば抜けていたから」ともいわれる。アイデアを出したり,人の心を読み,それに共感したり,人間同士の複雑なやりとりをうまく処理することはロボットにはできない。
日本的サービスの本質には,このようなロボットにはできない,いわゆる人間の心や本性にかかわるものが含まれているので,今後デジタル技術がさらに発展しても,その魅力はなくならないだろう。10年ほど前に,タイのバンコクの日本料理店に人間に代わって接客するロボットがおり,地元では大人気だという文章を外国の書物で読み,日系企業の調査で行った折に,その店に行ってみた。確かに,日本の武士の衣装をまとい,料理を運び,さらには踊りのようなパフォーマンスさえもする接客ロボットには興味を覚えたが,それ以上の大きな感動や共感はなかった。昨年1年間のZoomによる大学院の授業では学生とデスカッションもしたが,対面授業のようなビビットな気持が起きず,やたら疲れが残った。
人間のアイデア,発明,感動,喜び,共感などは,他人とのフェース・ツウ・フェースの交流やコミュニケーションから生まれるものではないだろうか。「独創は個人にしか宿らない」という言葉を残したアインシュタインですら,相対性理論の構築のプロセスで,彼の妻や友人との「直接的な議論」が大きな役割を果たしたという。このようなことを考えると,いまパンデミックで,その魅力を十分に示す機会の少ない日本的サービスは,将来においても日本企業の大きな競争優位になり得るのではないかと思われる。
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