世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2569
世界経済評論IMPACT No.2569

IPEFと東アジア:ASEANなど参加各国に有益な枠組みへ

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2022.06.13

 2022年5月23日に,東京でインド太平洋経済枠組み(IPEF)立上げに関する首脳級会合が開催され,アメリカ主導の新たな経済枠組みであるIPEFが立ち上げられた。主催国アメリカのバイデン大統領,日本の岸田首相,インドのモディ首相が対面で出席し,他の10カ国の首脳・閣僚がオンラインで出席した。

 立上げ時の参加国は,演説順にアメリカ,日本,インド,ニュージーランド,韓国,ブルネイ,インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ,ベトナム,オーストラリアの13カ国であった。ASEANからも7カ国が参加し,インドも参加した。5月26日にはフィジーも参加することが発表された。

 IPEFは,2021年10月の第16回東アジア首脳会議(EAS)の際にバイデン大統領が打ち出したインド太平洋の経済枠組みである。その後アメリカのレモンド商務長官とタイUSTR代表が担当閣僚となって進めてきた。IPEFは中国へ対抗する枠組みという面があるが,トランプ政権のTPP離脱以来関係が希薄となってしまったアジアの経済に,アメリカが再び関与していく事を表明したことは重要である。またASEAN7カ国とともにインドが入ったことも重要である。なお,IPEFに台湾は含まれなかったが,6月1日にアメリカと台湾は「21世紀の貿易に関する米台イニシアチブ」を立ち上げた。

 IPEFの「共同宣言」は「我々は,(持続可能かつ包摂的な経済成長を実現する潜在力を有する)自由で,開かれ,公正で,包摂的で,相互に結び付き,強靭で,安全で,かつ繁栄したインド太平洋地域へのコミットメントを共有する」,「将来の我々の経済に備えるため,我々は,繁栄に向けたインド太平洋経済枠組みを設立するためのプロセスを立ち上げる」と述べた。

 IPEFは4つの柱を持ち,①「貿易」では,ハイ・スタンダードで,包摂的で,自由かつ公正な貿易に係るコミットメントの構築を追求する,またデジタル経済における協力を含む,②「サプライチェーン」では,より強靭で統合されたサプライチェーンとするために,サプライチェーンの透明性,多様性,安全性,及び持続可能性を向上させる,③「クリーンエネルギー・脱炭素化・インフラ」では,クリーンエネルギー技術の開発と展開を加速する,④「税・腐敗防止」では,効果的で強固な税制,マネーローンダリング防止等により公正な経済を促進するとしている。

 IPEFは,以上のようにサプライチェーンの強化やデジタル貿易等多くの通商ルール化に貢献する。またIPEFは,各国がこれらの全ての分野に参加しなくても良い柔軟な枠組みである。ただしTPPやRCEPとは異なり,関税の引き下げは射程外である。関税引き下げを含めた枠組みは,アメリカの現在の政治状況では難しい面はあろうが,IPEFはその経済効果が問われる。

 東アジアでは,ASEANが地域協力と経済統合を牽引してきた。東アジアの地域協力は,これまでASEANを中心として各種の地域協力枠組みが,それぞれの目的を持って多層的重層的に機能してきた。アメリカが参加する経済協力枠組みが加わる事は,その枠組みの厚みを増すことになろう。また東アジアの地域協力における大国間のバランスの上からもプラスであろう。

 東アジアの経済統合においても,ASEANがAECを設立し,ASEAN+1のFTA網を確立して中心となってきた。更に2022年1月には,ASEANが提案したRCEPが遂に発効した。今後,RCEPとIPEFを相互に補完する枠組みとすることが肝要である。これまでのように,東アジアの地域協力・経済統合でASEANが中心性を維持していくことも重要である。

 今後,IPEFの内容を詰めていく際に,IPEFを参加各国にとって有益な枠組みとしていくことが大きな課題である。関税削減が含まれず,アメリカ市場の開放がなされないIPEFを,ASEAN各国やインドにとって有益な枠組みにできるかが,IPEFの今後の鍵を握る。

 IPEFでは,サプライチェーンの強化やデジタル貿易等の通商ルール化とともに,経済協力の面も重要となろう。たとえば多くの東アジア各国を含むRCEPは,域内途上国への優遇措置や域内国間の経済協力を促進する規定を持ち,域内の格差を縮小する側面を持つ。TPPにはないRCEPの特徴である。経済協力は,ASEAN7カ国とインドに加えて,今後カンボジア,ラオス,ミャンマーなどを加えて行く際にも重要となろう。

 IPEFにおいても日本の役割は大きい。岸田首相のスピーチにおいても,人材育成や技術支援などの協力,ASEANの重要性が述べられた。日本が,ASEAN含め参加各国にとって有益となるようにIPEFを支援することが重要である。IPEFが東アジアやインド太平洋におけるASEAN中心性に資するようにしていくことも必要である。アメリカとASEANなど各国を,日本が繋げていくことが肝要である。そして中期的には,TPPなど関税削減を含むFTAにアメリカを戻すことが必要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2569.html)

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