世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2520
世界経済評論IMPACT No.2520

高レベル経済成長への追い風:インドの新たな動向

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2022.04.25

はじめに

 去る4月19日に発表されたIMFの最新の世界経済展望によれば,今年の世界のGDP成長率は昨年の6.1%から3.6%へと大きく落ち込むとされる。コロナ禍の影響に加えて,ロシアのウクライナへの軍事侵攻が及ぼす影響が無視できないためである。ウクライナ侵攻に伴う対ロシア経済制裁の発動は世界経済の地政学的な分断をもたらし,多くの国々では食糧・エネルギー不足,さらにはインフレ高進の問題に直面することになる。さらに中国の場合,そのGDP成長率は昨年の8.1%から今年は4.4%に低下することが予測される。ゼロコロナ政策を貫いてきた中国では,ここにきて感染力の強いオミクロン株が広がりを見せているが,それに対して有効なワクチン対策を持たない中国は徹底した都市封鎖でもって臨んでいるため,経済活動に深刻な支障を来している。

 こうした中,ひときわ高い経済成長が予測されているのがインドである。IMFによれば,今年度のインドのGDP成長率は去る1月時点の予測値よりも0.8%下回るものの,主要国では世界最速の8.2%と予測される。当初,インドではコロナ禍への対応で全国封鎖を断行したこともあって,そのGDP成長率は20年度にはマイナス7.3%に落ち込んだが,その後21年度には8%強に回復している。既得権の壁に阻まれながらも,モディ政権下で力強い成長に向けての取り組みが意欲的な取組みがなされている。そうした中,高レベル経済成長への追い風をなすものとして特に注目されるのが,次の2つの新たな動向である。

与党BJPが圧勝した州議会選挙

 去る2~3月にウッタル・プラデーシュ(UP),パンジャーブ,マニプル,ウッタラカンド,ゴアの5州で州議会選挙が実施された。3月10日に一斉に開票され,与党・インド人民党(BJP)はパンジャーブを除く4州で他の野党を圧倒し,モディ政権の今後の政権運営にとっての大きな追い風となっている。他方,農業先進州であるパンジャーブ州では国民会議派がデリー準州の政権党である庶民党(AAP)に大敗するとともに,マニプル州でも第1党の座を失い,その退潮が決定的となった。

 今回,最も注目されたのは,2億4千万もの巨大人口を抱えるUP州での動向である。同州では全403議席中,BJPは317から254へと議席数を減らしたものの,その得票率は前回の39.7%を上回る41.3%をマークした。同州ではアディティヤナート州首相の下で治安が大きく改善され,さらにはトイレ普及やガスボンベの無料支給,貧困者福利パッケージなどモディ政権下での各種施策が功を奏し,そのため低カーストの女性票の多くを取り込んだとされる。UP州はインドの典型的な貧困州であると同時に,歴史的にも長らくインド政治の中心を彩ってきた重要州である。そうしたUP州で与党BJPが選挙民より再び信任を得たということは,インドの政治的安定性を確保し,高レベルの経済成長を目指すという観点からして,モディ政権が今後の経済運営を図る上での好材料といえる。

収束に転じたインドの新型コロナ

 昨年4~5月,インドでコロナの第2波が猛威を振るった際,1日当たり新規感染者数は約40万人,死者数も1日当たり約4千人に及んだ。第2波の襲来に際して,インドは経済的打撃の大きい全土封鎖は手控え,地域レベルのロックダウン,とりわけ全成人を対象にしたワクチン接種を積極的に推進した。第2波に続いて,今年1月に第3波が到来したものの,2月以降,急速に収束しつつある。その後3月下旬以降,1日当たりの新規感染者数はわずか2千人以下に抑えられており,欧米はじめ世界の主要国に比べて格段に低い水準になっている。

 ワクチンの高い供給能力を活かしてのインドのワクチン接種計画は極めて大規模に進行してきており,3月末現在,インドでのワクチン投与回数は18億4000万回に及んでいる。18歳以上の成人の91%はすでにワクチン接種を受けており,2回以上の接種を受けた者の割合は79%に及んでいる。また若者(15~18歳)の場合は76%がワクチン接種を受け,全人口の51%がワクチン接種を受けたことになっている。ちなみにインドで投与されるワクチンの83%は民間企業のインド血清研究所(SII)がライセンス製造しているコビシールド(アストラゼネカ)であり,国産ワクチンとしてはバーラート・バイオテックが製造するコバクシン等がある。

今後の展望

 昨年度,インドの経済活動はすでにコロナ以前の2019年度の水準に回復しており,その輸出額も長年の目標値であった4000億ドルの大台を突破するに至った。インドではコロナが顕著に収束する傾向を示していることから,今後,人的移動を含めて,経済活動も一段と自由に展開される見込みである。ロシアのウクライナ侵攻は,今後,石油・天然ガスのエネルギー価格の高騰をもたらし,インドの経済成長の足を引っ張ることも予想されるが,他方,食糧価格の高騰は,これまで価格競争力を持てなかったインドの小麦輸出に有利に作用することが予想され,今後の推移を注視する必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2520.html)

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