世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2494
世界経済評論IMPACT No.2494

ウクライナ侵攻による半導体サプライチェーンへの影響:半導体不足の新しい動向

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.04.11

 2月24日のロシアのウクライナ侵攻以降,ウクライナとロシアが半導体のサプライチェーンに用いる多くの希少ガス・材料を掌握していることに,人々は気がつくようになった。もともと半導体の供給不足にあって,さらにウクライナ戦争によりこれらの材料が入手困難となると,半導体製造は新しい危機に直面する。

(1)ウクライナ産の不活性ガス

 世界の希少ガス輸出におけるウクライナからの輸出の比率はネオンガスが約70%,クリプトンガスが約40%,キセノンガスが約30%である。希少不活性ガスのウクライナへの依存度は非常に高い。

 ネオンガスは,DUV(深紫外線)露光装置の光源であるエキシマレーザーに不可欠な不活性ガスである。半導体製造過程を少し説明しよう。最初に半導体設計担当のファブレス企業が回路の図面を設計し,フォトマスク担当の企業にフィルムに回路図を描く,この回路図が焼き付けられたフォトマスクを半導体製造担当のファウンドリー企業に渡す。ファウンドリー企業はDUV露光装置の光源のエキシマレーザーを使って回路をシリコンウェハーに焼き付ける。その時に使われるのがネオンやアルゴンなどの不活性ガスである。

 不活性ガスのフッ化クリプトンやフッ化アルゴンは,エキシマレーザーに不可欠の材料である。通常,鉄鋼工場の製鋼には酸素や水素が必要のため,自社で製造する場合が多い。基本的には大気を液化し,分離した副産物がネオンである。ネオンガスは大気中での存在率は非常に低く,1万分のいくつかの単位である。大気からの分離には高い技術を要し,特に半導体は純度の高いネオンガスが必要である。エキシマレーザーのネオンの使用量は多くないが,殆ど毎日使われる。

 ウクライナはネオンガスの世界供給の70%近くを生産しており,オデッサに本社を置くCryoinとマリウポリに本社を置くIngasの2社で,世界供給の45~54%を生産しているが,ロシアのウクライナ侵攻以降,オデッサやマリウポリなどの都市は戦火に晒され,当然この2社は生産を継続することは不可能となった。

 2014年2月,ロシアはクリミア半島に侵攻し,その時もこれらの不活性ガスの供給にダメージを与え,半導体のサプライチェーンに影響を及ぼした。当時,ネオンガスなどの価格は約10倍の値上げを余儀なくされた。

 現在,TSMC(台湾積体電路製造)を始め,世界各地の半導体製造企業が持つ不活性ガスなどの在庫量は3~5カ月分,場合によっては6カ月分以上を持っている。そのために,ウクライナ戦争が6カ月以内に終結する場合,半導体産業のサプライチェーンへの影響は少ないと見ている。逆に,ウクライナ戦争が半年以上も長引いた場合,ネオンガスなどの高騰が予想され,半導体産業は甚大な被害を受けることとなる。一方で,ロシアのウクライナ侵攻には,1日当たり約2兆円の費用がかかると専門家は指摘している。ロシアの財政は長期戦に耐えられるのかという疑問は残る。

 半導体製造企業は,不活性ガスの新たな供給源も探し始めている。既に台湾の多くの半導体製造企業では,不活性ガスの提供に支障が無いよう,仏系企業のエア・リキード(Air Liquide),独系企業リンデ(Linde)と聯華気体との合弁企業の聯華林徳(Linde- Lien Hwa)などと長期契約を結んでいる。

(2)ロシア産希少金属

 ロシア産ニッケルの世界シェアは約49%,パラジュウムは約42%,チタンは約30%,アルミは約26%にのぼる。パラジュウムはCMOSイメージセンサ,NAND型フラッシュメモリなどの半導体に使われる。CMOSイメージセンサとは,CMOS(相補型MOS)を用いた固体撮像素子である。NAND型フラッシュメモリとは,不揮発性記憶素子のフラッシュメモリの一種である。CMOS製造企業はソニー,サムスン電子,OmniVision(豪威科技)などが主要な企業である。ロシアのウクライナ侵攻により西側諸国がロシア製品の輸入に制裁を課した場合,世界の半導体サプライチェーンに大きな影響を及ぼすようになる。

(3)半導体サプライチェーンの新しい動向

 以上に述べたように,半導体の材料は至る所から供給され,どこかに戦争や紛争が発生した場合,大きな影響をもたらす。二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出削減目標に合わせて,多くの半導体材料企業が台湾の半導体製造企業の近くに工場を設けるようになった。具体的に言えば,日系企業の住友ベークライト,ADEKA(アデカ),独系企業のメルク(Merck),ヘレウス(Heraeus),米系企業のインテグリス(Entegris)などが台湾に進出している。

 同時に,世界最大のファウンドリー企業のTSMCも各国政府の要請に合わせて,アメリカのアリゾナ州や日本の熊本県菊陽町に工場を設置するようになった。更に,TSMCはヨーロッパではドイツの進出からチェコへの工場進出に,変化しつつあるという話も聞かれるようになった。これも世界の半導体産業の現地化の新しい動向である。また,各国政府の製造拠点誘致を通じた半導体産業のサプライチェーン強靭化の新しい動向でもある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2494.html)

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