世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2486
世界経済評論IMPACT No.2486

ウクライナ危機が欧州経済に及ぼす影響

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2022.04.04

露がウクライナへ全面侵攻も戦線膠着

 2月24日の露のウクライナへの全面侵攻から1カ月強が過ぎた。ウクライナ軍の頑強な抵抗によりキーウを含む主要都市の制圧は進まず露軍の損害が拡大。トルコの仲介で五回目の停戦交渉が実施されているが,ウクライナの中立化,非武装化,政権交代,クリミア及び東部領土等の論点を巡り両者の隔たりは大きい。

侵攻に対し欧米日は断固たる制裁。欧州の結束と独の劇的政策転換

 露の国際秩序への挑戦に欧米日は固く結束,露中銀の資産凍結,Nord Stream 2の承認作業停止,大手銀行のSWIFTからの排除等,対象の広範さと迅速さにおいて,過去に類を見ない強力な対露制裁を矢継ぎ早に打ち出した。NATO加盟国は,ウクライナへの武器供与と共に,周辺国に部隊を増派,一部は国防費拡大へ動きだした。

 これを可能にしたのは,露と相互関係が深いEUの返り血を厭わない覚悟と結束であり,特に露に対し融和的であった独の劇的政策転換だ。

 今後,紛争の長期化に伴い対露制裁と露の対抗措置がさらに拡大し成長率の低下やインフレ率の高騰,難民問題やエネルギー安全保障強化のコスト等が本格化してくる中で,対露制裁や交渉を巡りこの結束を維持できるかが問われる。

アトランティックカウンシルの想定する4つのシナリオ

ウクライナの奇跡的勝利

 ウクライナ軍の激しい抵抗により,政治・経済コストに耐え切れなくなったプーチン大統領が露軍撤退を命じる。

第二のアフガン化

 露が傀儡政権樹立もウクライナ国民は激しく抵抗,露は莫大な人的,経済的コストを払わされ撤退。

新たな鉄のカーテン

 露軍はウクライナ征服に成功,「アフガン化」シナリオとは異なり抵抗の抑制に成功し傀儡政権継続。

露とNATOの直接衝突

 偶発的衝突等を引き金にNATO軍と露軍が直接軍事衝突。

 以上の分析のインプリケーションは,どのシナリオにしても紛争が短期で収束する蓋然性は低いことだ。対露制裁に関しトラス英外相は,「露がウクライナから部隊を撤退させ侵攻終結を確約した場合に解除」としており,経済への悪影響も長期化必至。

危機は4つのチャネルを通じ欧州経済へ影響

輸出

 対露・ウクライナ輸出がEUの輸出に占めるシェアは2.3%,名目GDP比は0.8%。①露経済が制裁による対内直接投資や貿易の減少,利上げによる消費,設備投資の落ち込み等を背景に2022年に前年比15%程度のマイナスに沈むこと,②先端技術品や奢侈品に止まらず,対露制裁の影響は広範な商品に及ぶこと,等からEUの輸出は大幅に下押しされる。対露・ウクライナ輸出が前年比30%減少すると仮定した場合,EUの名目GDPは0.2%ポイント,60%減少すると仮定した場合名目GDPは0.5%ポイント下押しされる。

国際商品

 露とウクライナのエネルギー,レアメタル,非鉄金属,希ガス,穀物等,国際商品市場における存在感は大きい。

 特にEUの対露エネルギー依存度は高く,ガス輸入に占める対露輸入のシェアは,EU全体で32.9%に達する。主要国でも独65.2%,伊36.5%や,中東欧の依存度の高さが際立つ。

 原油価格(北海ブレント)は3月30日現在110ドル強/bblと年初来の上昇幅は40%強に達する。原油価格上昇の影響を,ECBのシミュレーションの乗数を使用して試算すると,原油価格が110ドル/bblで1年間推移するケースでは,原油価格が年初の同78.89ドルで推移する場合と比較し,年間の消費者物価は0.8%ポイント押し上げられ,実質GDPは,0.3%ポイント押し下げられる。同130ドルで推移するケースでは年間の消費者物価は1.3%ポイント押し上げられ,実質GDPは0.5%ポイント下押しされる。

金融・投資

 世界の金融機関の対露与信残高は,2021年9月末で1047億ドル,対外与信残高全体の0.3%に過ぎない。制裁による外貨繰り悪化で露の対外債務がデフォルトしても,その影響が他国に伝播し世界的な金融危機に繋がる蓋然性は低い。

 欧州の金融機関の対露与信残高は,墺(GDP比4.0%),伊(同1.2%),仏(同0.9%)が目立つが絶対水準はそれほど高くない。個別行ベースで問題が生じることはあろうが,欧州ソブリン債務危機以降様々なセーフティーネットがEU内で整備されており,金融システムに対する影響は限定的。

企業・消費者マインド

 欧州市民は連日様々な媒体を通じ悲惨なウクライナ情勢を見分しており,侵攻後に発表されたマインド調査は大幅に悪化。

 対露・ウクライナ輸出減少と原油価格上昇のマイナス効果は単純合計でも2022年のEUのGDPを0.5%~1.0%ポイント押し下げ,消費者物価を0.8~1.3%ポイント押し上げる。しかもこの試算は物流混乱の悪影響等は織り込まない保守的なものであり,EU経済に対する悪影響はこの数字以上に大きくなる。

 侵攻前のEU経済はオミクロン禍から回復する一方2月の消費者物価上昇率がユーロ圏で前年比5.9%に達する等インフレ圧力が高まっていた。ウクライナ危機が景気の減速と物価上昇率の加速が同時発生するスタグフレ―ション的負の供給ショックをEU経済にもたらす中で,加盟各国間で危機のインパクトや財政状況,コロナ禍からの回復過程も大幅に異なり,ECB,EU及び各国政府がいかに景気下支えとインフレ抑制の微妙なバランスの均衡点を見出していくのか注目される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2486.html)

関連記事

平石隆司

最新のコラム