世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2473
世界経済評論IMPACT No.2473

邦銀は「ロシア離れ」ができるのか

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2022.03.21

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始されて以降,日本企業による事業停止・制限が相次いで発表されている。帝国データバンクの緊急調査結果(「日本企業の「ロシア進出」状況調査(3月16日)」)によれば,ロシアに進出している国内上場企業168社のうち,2022年3月15日までにロシア事業の停止・制限などを発表・公開した企業は約2割の37社に達するとされる。そのうち28社は完成車や建設重機メーカーなどの製造業であるが,現時点(2022年3月16日)では銀行業における事業停止・制限の正式な発表は行われていない。

邦銀のロシア事業の歴史と現況

 現在,ロシア国内にある邦銀の拠点は,三菱UFJ銀行,三井住友銀行,みずほ銀行のそれぞれが有するモスクワ現地法人の3拠点と,三菱UFJ銀行モスクワ現地法人のウラジオストク出張所の計4拠点である。

 邦銀によるロシア進出は,ソビエト連邦解体後の1992年7月に設立された旧東京銀行モスクワ駐在員事務所が最初であるが,大手行が本格的にロシア事業に参入をしたのは2006年以降である。自動車メーカーをはじめとした日本企業のロシア進出が拡大する中,旧三菱東京UFJ銀行は2006年8月に駐在員事務所を格上げする形で現地法人を設立した。なお当時,邦銀の中で最もロシア事業を展開していたのはみちのく銀行(青森県)であった。みちのく銀行は1995年7月にユジノサハリンスク駐在員事務所を開設したのを皮切りに,1999年7月にモスクワ現地法人を開設,2002年7月と同年11月にはモスクワ現地法人のユジノサハリンスク支店とハバロフスク支店を開設するなど,主に住宅ローンを中心に積極的な事業展開を行っていた。

 ロシア事業において旧三菱東京UFJ 銀行が先行する中,旧みずほコーポレート銀行はみちのく銀行のロシア事業を買収することで巻き返しを図った。また三井住友銀行も2009年6月にモスクワ現地法人を設立し,主に日本企業向け貸付を中心に事業を拡大させてきた。

 邦銀現地法人の現況については,直近のみずほ銀行モスクワ現地法人の財務報告書で確認してみよう。みずほ銀行モスクワ現地法人の総資産は約700億円,うち現預金が3割程度,貸付金が4割程度を占める。貸付は法人向け貸付がほとんどであり,前身のみちのく銀行現地法人で行われていた個人向け貸付は手掛けていない。なおこの点は他の邦銀現地法人も同様であり,個人向け貸付に注力している欧米銀行とは対照的である。一方,預金は負債総額の6割程度を占め,その大半は民間企業からの受け入れである。貸付先や預金の出し手は不明であるが,その大半は日本企業であると推察される。

邦銀は「ロシア離れ」ができるのか

 邦銀とは対照的に,ドイツ銀行,JPモルガン・チェースといった大手欧米銀行によるロシア事業からの撤退(「ロシア離れ」)が連日報じられている。これまで銀行業は,進出先の政情不安が高まる中でも現地事業を継続する傾向が強かったが,ロシアに対する西側諸国による過去に類を見ない厳しい金融制裁に強く協力が求められている状況もあり,今回の一連の措置は異例の速さといっていいだろう。

 そうした中で特に注目されているのが,米銀の中でロシア事業の規模が最も大きいとされるシティグループの動向である。シティグループのモスクワ現地法人は,資産規模でロシア第18位に位置しており,ロシア国内10都市で広く個人向け金融業務を展開している。シティグループによる世界的な個人向け金融業務の見直しの一環として,2021年4月にはロシアでの個人向け金融業務からの撤退が発表されているが,今回は法人向け金融業務も含めた全面的なロシア事業撤退を計画していることが一部メディアから報じられている。

 邦銀においては,前述のように資産規模はさほど大きくはなく,取引先は日本企業が大半を占めるため,ロシア事業からの撤退を決断したとしても,大手欧米銀行ほど被る損失は大きくないのかもしれない。しかしながら,西側諸国による金融制裁によるロシア国内の混乱により,事業清算には相当な時間を要する覚悟は必要であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2473.html)

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