世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシアのウクライナ戦争は世界をどう変えるか?
(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)
2022.03.07
2月24日,ロシアのウクライナ侵攻のニュースを聞いて「プーチンの気は確かか」と思った。大国が隣国を侵略するのは20世紀の出来事で,21世紀ではありえないと考えていた。ところが,ソ連崩壊後の歴史を再検討してみると,プーチンが何を考えているかが透けて見えてきた。彼の野望は,ソ連帝国の復活である。そのための独裁政治の20年間であり,経済を犠牲にした軍備再強化であり,強圧的外交政策であったとすれば,ウクライナ侵攻は計画的なことがわかる。プーチンの戦争は2014年のクリミア半島侵攻から始まっていて,8年越しで続いている。したがって,ウクライナの次はバルト三国が危うい。そして,ウクライナの避難民を受け入れ,義勇兵や軍事支援物資を送り出しているポーランドも攻撃を受ける可能性がある。これはプーチンの「マイン・カンプ」なのである。
プーチンは48時間以内に首都のキエフを制圧できると考えていたようだ。ウクライナがソ連時代に装備していた1800発にも及ぶ核弾頭をロシアに返還している以上,ロシア軍が恐れる理由はなにもない。ところが,米国のトランプ前大統領は,ロシアのクリミア半島占拠後,ウクライナに対戦車ミサイルなどの軍事物資を供与していた。つまり,米国ペンタゴンはプーチンの次の手を読んでいたのである。
ロシア軍にとって予想外だったのは,ウクライナ人の愛国心の強さだった。ウクライナ人とロシア人は血縁的にも近い民族だが,被従属民としての微妙な歴史がある。つまり,ウクライナ人はロシアに対して反発心がある。驕り高ぶるロシアの支配層は,そのようなウクライナ人の民族感情を軽視していたのだろう。ウクライナ人は2014年のロシアのクリミア侵攻以降,ロシアの帝国主義を見抜き,より自由で民主的な国家になろうとした。それが,ウクライナのNATOへの参加希望,EU加盟への熱望になった。ロシアの軛から逃れ,自由な世界に加わることがウクライナ人の夢である。プーチンにとって,これほど腹の立つことはない。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は,プーチンが送り込んだ1,000名に及ぶ暗殺団に3回も殺されそうになったというが,プーチンのやり方は常軌を逸している。コメディアン出身のゼレンスキー大統領に根深い憎しみを持っているのだろう。
プーチンの戦争はロシアに勝利をもたらすだろうか。私はそうは思わない。ロシアは四面楚歌の軍事制裁,経済制裁を受けている。ゼレンスキー大統領は,2月27日,外国からの志願兵を募り,外人部隊を編成した。その数,1万6千人と言われている。韓国の情報誌によると,日本からも約70人がウクライナ防衛に直接参加するという(Chosun Online, 2022/03/05)。経済制裁は米国を中心にドルの供給をストップし,すでに貿易の厳格な禁止を課している。結果として,ロシアは「巨大な北朝鮮」の状態になりつつある。北朝鮮は中国の隠れた支援で国際封鎖を耐え忍んでいるが,ロシアにはそれは不可能だろう。
実は,ロシアには経済的体力がほとんど残っていない。ロシアの人口は1億4500万人,国土は17,130,000平方キロもある。国土面積は日本の45倍以上もある。しかし,GDPは韓国よりも少ない。ロシアの世界のGDPに占める割合は1.3%,ウクライナに至っては0.2%である。ロシアがウクライナを支配したとしても,経済的なプラスにはならない。この経済規模で,あれほど巨大な軍備を持っている。外国から経済封鎖を受ければ,巨額の軍事支出とエネルギー・穀物の輸出困難で,国内経済はやがて破綻するだろう。さらに,ロシア軍は世界を敵に回すような不手際を演じてしまった。
ロシア軍がザポロジエ原子力発電所を占拠したことが,世界中を戦慄させた。特に東日本大震災で福島原発事故を経験している日本が極端な反応を示した。それまで,ウクライナ戦争に関して,ロシアとの北方領土問題を抱える日本は,欧米と距離を置いていたが,これで態度が変わった。日本の再軍備や憲法改正議論も活発化せざるを得ない。これに対し,近隣国は大いに警戒するだろう。とくに中国の立場が微妙になった。
中国は反米というスタンスでロシアと共同戦線を組んでいる。したがって,開戦初期の頃はロシアを擁護する立場をとった。これは北京の冬季オリンピック大会に際して,プーチンが開会式に参列したことも大きく関わっている。ロシアがウクライナを奪還するから,中国も台湾に侵攻せよとハッパをかけたのかもしれない。もちろん,中国は即答を避けた。それに腹を立てたプーチンは翌日帰国している。中国の立ち位置は不安定になった。もし台湾に武力で侵攻すれば,世界から孤立し,クアッドの4カ国から総攻撃を受ける。経済的には米ドルとの交換を完全に絶たれる。中国とロシアの根本的相違は,グローバルな生産体制にどの程度深く組み込まれているかである。中国の国際分業体制は一日で崩壊するだろう。中国は「北朝鮮化」を避けなければならない。
欧米日はロシアに対して厳しい貿易制限で締め上げる。それは中国に対し,台湾に侵攻したら経済を崩壊させ,「巨大な北朝鮮」にするぞと脅しをかけるためである。中国はロシアの行末を見ながら,自国の態度を変えていくだろう。
- 筆 者 :安室憲一
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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