世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新しいグローバル戦略:「さかな群団」による地域業際化
(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)
2024.12.02
1.なぜ旧来のグローバル経済は破綻するのか
1990〜2010年ごろの中国はグローバルな経済体制が機能していた。それが変調をきたしたのは2012年の習近平体制の成立とコロナ(COVIT-19)のパンデミックが原因である。
自由市場体制の基になった思想はフリードマンを代表とする「新自由主義」である。企業は利潤を追求するとき最も効率的になり,利潤追求は善であるという思想である。この理論は政府介入や規制を否定し,企業の自由な利潤追求を奨励する。
他方,社会主義の中国では経済は政治の手段である。政治的な目的を達成するために経済を「武器化」する(1)。自国の経済発展が政治の目的であるので,中国市場で利潤を得るためには,外資企業は代償を払わなければならない(ウィン・ウィン原則)。国有企業との合弁事業や貴重な技術の移転,製品の輸出義務などが課される。自由主義国の市場ならば外資は国内企業と同じ扱いを受ける。つまり,新自由主義の経済原則(政治と経済は分離)の企業は,中国政府の政治目的に利用され,得られる利益と同等以上の負担を求められる。中国政府は必要ならばいつでも条件を変更できる。つまり,グローバル経済体制のもとでは,経済を「武器化」する中国が有利になり,外資は政治的要求に従わざるを得ない。中国の経済が小さい段階では中国の参加は「グローバル経済」を活性化したが,その存在が大きくなるにつれ開放体制はその重みに耐えきれなくなる。その典型例は中国の「戦略的過剰生産」である。これについては前回の小論(世界経済評論Impact No.3548)で論じた(2)。
2.「武器化」する経済
社会主義経済が「グローバル化」するとどのような弊害が現れるか。その典型例が「補助金」である。WTOでは補助金は原則禁止だが,間接税の払い戻しは補助金とみなされない。ここに盲点がある。例えば,中国政府は2023年に企業への還付金を10年前の5倍に増やし,上場企業の99%に補助金を支給した。その総額は2411億元(約5兆円)である(日本経済新聞2024年10月日朝刊)。事業が赤字でも国有企業は倒産しない。民営企業も補助金で生き延びる。例えば,電気自動車(EV)で有名なBYDは,補助金93億元(約1900億円),税還付371億元(約7790億円),借入金利の優遇2.05〜2.98%(最優遇金利3.55%)という特権を得ている。液晶の京東方科技集団(BOE)は過去5回の払い戻しで約600億元の税還付を受けている(日本経済新聞,同上)。中国は社会主義国を標榜している。つまり本質的に異質な体制である。これがデリスキング(距離を置く)やデカップリング(関係を遮断)せざるを得ない理由である(3)。
3.米国の警戒心
2023年12月,バイデン政権はFEOC(懸念される外国の事業体)に関するガイドラインを制定した。中国・ロシア・北朝鮮・イランの4ヶ国のいずれかの支配下にある企業が25%以上の株式を持つ場合,合弁会社はFEOCに分類される。こうした企業はアメリカのインフラ抑制法(IRA)とインフラ投資・雇用法に基づく税控除や補助金の対象外になる(日本経済新聞,2023年2月17日朝刊)。また,外国直接産品(FDPR)規制では,一部でもアメリカ製の技術やソフトを使用している半導体製造装置を規制,対外的にはオランダのASLMや日本の東京エレクトロンなどを対象とする。
言うまでもなく,こうした法的規制はリスクの原因になる。旧来のグローバル経済に慣れた経営者はこの種の地政学的リスクに鈍感である。ROIが比較的良好なのに株価が低迷している企業は,地政学的リスクを抱えているかもしれない。
4.サプライチェーンがチョークポイント
中国政府によるCOVIT-19パンデミックの際の都市封鎖は,中国政府はやろうと思えばいつでもサプライチェーンを遮断できることを示した。レアメタル,EV用電池,太陽光発電や風力発電装置,家電製品や部品,iPhoneなどの情報機器,抗生物質の原料から医療用品まで,あらゆる製品が中国に依存している。パンデミックによるサプライチェーン危機は中国依存の危うさを深く認識させた。グローバルに伸びたバリュー・チェーンの各所にリスクが潜む。問題なのは,サプライチェーンの末端,二次・三次の供給会社の活動に関して,日本本社は情報をほとんど把握できていないことである。もし現地子会社や二次下請けが秘密裏にFEOCの4ヶ国と通商していたら日本の本社はどうなるか。米国政府(日本政府もまた)から厳しく処罰されるだろう。現場主義を標榜し,「現地に任す」経営をしがちな日本企業は,金銭的損失だけでなく,グローバルな評判を大きく毀損するだろう。DX(デジタル・トランスフォーメーション)により末端の情報まで経営者が直接把握する体制を作らないと,恐ろしいことになる。「悪魔はサプライチェーンの末端に潜む」と認識すべきである。サプライチェーンを安全にすることが戦略的に急務だ(4)。
5.地域で業際化,「さかな群団」の形成
サプライチェーンの安全保障には,フレンドショアリング(自由主義同盟国への立地)が欠かせないが,サプライチェーンのコスト・パフォーマンスとタイム・パフォーマンスを最小化し,情報漏洩を防止する最良の方法は本国立地である。一つの例として,九州と北海道の半導体集積を上げることができる。
九州の熊本に台湾積体電路製造(tsmc)が進出(トヨタとデンソーも出資),新たな産業集積ができつつある。ソニーはtsmcに隣接して自動運転に必要な画像センサーなどの研究開発・製造の拠点を置く。三菱電機とロームはパワー半導体の新工場に4000億円を投資する。三菱電機の菊池工場(200ミリSiC)はtsmcの工場から4キロしか離れていない。車で20分ほどの合志市の工場(150ミリSiC)と合わせて1000億円の投資を計画している。半導体材料の企業の進出も活発化してきた。東京応化工業,JX金属がこれに続く。
筆者は,tsmc,トヨタ,ソニーのようなグローバル企業を中核として,素材や半導体関連の企業が集積する地場ネットワークを「さかな群団」と定義している。この「さかな群団」には地場の中小企業も続々と参加し,同時に,共通のDXで情報ネットワークを構築,より密接な協業体制を実現する(5)。
「さかな群団」の本命はトヨタのEV拠点だろう。トヨタは苅田港新松山臨海工業団にリチウムイオンの電池工場を新設(28年以降に稼働)する。この新工場は40キロ離れたレクサス工場(宮田工場)に供給する。電池は重量物なので輸送距離は短い方がいい。この新工場は経済産業省が経済安全保障推進法に基づき助成する見通しである(日本経済新聞,2024年7月27日朝刊)。北海道はラピダスを中心に同様の産業立地を計画中だが,熊本のtsmcのような国際的な業際化計画は未定のようだ。
地場を中心に大中小の企業が集積し,サプライチェーンを確保し,情報セキュリティーの安全保障体制を形成する。グローバル企業が中核となることで,強力な「協業化の群団」が形成される。これが日本のグローバル戦略の未来である。
[参考文献]
- (1)ぺサニー・アレン著,秋山勝(訳)『中国はいかにして経済を兵器化してきたか』草思社,2024年
- (2)安室憲一「中国の「戦略的過剰生産」がもたらす破壊力」『世界経済評論インパクト』No.3548
- (3)ヘンリー・ファレル&アブラハム・ニューマン著,野中香方子(訳)『武器化する経済』日経BP,2024年
- (4)安室憲一「米中摩擦の構造と国際ビジネスの地政学的分析」『世界経済評論』2023年Vol.67. No.4,pp.8-15.
- (5)内田康郎著『業際化時代の競争戦略』文真堂,2024年
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