世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2417
世界経済評論IMPACT No.2417

世界の海運事情と米国のコンテナ滞積問題

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.02.14

 2021年のコンテナ海運(運搬能力別)トップ10のランキング(ONEジャパンの資料)を見ると,1位:MSC(スイス),2位:マースク(Maersk,デンマーク),3位:CMA CGM(フランス),4位:中国遠洋海運集団(COSCO,中国),5位:長榮海運(エバーグリーン,台湾),6位:ハパックロイド(Hapag-Lloyd,ドイツ),7位:オーシャンネットワークエクスプレス(ONE,日本),8位:HMM(エイチエムエム,韓国),9位:陽明海運(Yang Ming,台湾),10位:萬海航運(Wan Hai,台湾)である。ちなみに,日本のONEは川崎汽船株式会社(“K”LINE)31%,株式会社商船三井(MOL)31%,日本郵船株式会社(NYK LINE)38%の合併によって2017年に設立された海運グループである。韓国のHMMの旧社名は「現代商船」である。

 陽明海運(Yang Ming)董事長(会長),長榮海運(エバーグリーン)董事長,長榮集団副総裁などを歴任した謝志堅は,海運業界で45年を過ごしたベテランだ。同氏は2021年12月に自著『無懼巨浪』(時報出版)を出版した。

 著書の中で,謝氏は持論の海運業界における「60%:40%の法則」を紹介した。自らの経験から,全世界を相手に海運事業を運営するには,世界の政治,経済と安全保障などの予測が不能な時象が関わってくると主張する。その60%の要因の一つである「政治」とは,例えば2018年末に,トランプ大統領が中国に高関税を付したことは事前の予測が不能のものであったという。「経済」とは,例えば2008年の金融危機などは予測不能のものであった。また,広義でいう「安全保障」とは,新型コロナのパンデミックも予測不能のものであった。海運業界は世界と接続しているため,この60%の多くは予測不能のものがあると主張する。残りの40%とは,自社の「体質」である。例えば家を建てる場合,基礎をしっかりしないと,上に頑丈なビルを建てることができない。自社の体質を強固にすることが世界を相手に事業運営する上で重要であるとしている。

 前掲の拙著「コロナ禍下の“勝ち組”:エバーグリーンの年末ボーナスは平均40カ月」で,昨年末のエバーグリーンの年末ボーナスが平均40カ月と書いた。

 要するに,コロナ禍は「60%:40%の法則」によればエバーグリーンなどに多くの利益をもたらしたことになる。

 2021年のエバーグリーンと陽明海運の売上高に占める利益率は,世界の第1位と第2位の好業績をあげたことである。その主な理由の1つは,この2社の売上高に占める「スポット取引」の貨物取扱が多いことである。海運企業の主な収入源は「長期契約」と「スポット取引」の2つである。「スポット取引」の運賃は「長期契約」よりも高いため,より多くの船倉スペースを「スポット取引」用として使うことができれば利潤が高くなる。さらにこの2社の場合,「東西航路」(中国からアメリカの航路のように,東西方向の航路)の運搬が多くことが高収益の要因に挙げられる。

 コロナ禍による在宅勤務などによりパソコン,タブレット端末やスマートフォンの需要が,海運需要を大幅に押し上げた。ロックダウン以後の反動による需要増も海運需要をさらに押し上げた。これらの製品は主に多国籍企業が中国で生産し,最大の消費地であるアメリカに輸出される。そのため,「東西航路」のコンテナ需要は急増しているのである。

 また,2020年3月のトランプ大統領はコロナ禍による救済措置で2兆ドルを投入,12月に再び9000億ドルを投入した。バイデン政権は救済措置に1.9億ドルを投入した。これまで合計5兆ドルに近くが投入され消費が大幅に増えた。過去において,消費者の実体消費額比率は約50%で,残りの50%は旅行・観光などのサービス業向けの非実体消費であった。コロナ禍で観光などのサービス業向けの消費が減少し,モノの消費を主とするようになった。これも海運需要を押し上げる要因であるが,その結果,大量なコンテナがアメリカの埠頭に滞積されることとなった。

 アメリカ政府は埠頭のコンテナ滞積の解決のため,インフラ建設に140億ドルを投入すると発表した。なぜこのような埠頭滞積が発生したのか,主な原因はアメリカの埠頭インフラ建設に遅れにある。

 米国西海岸,ハワイ,およびカナダのブリティッシュコロンビア州の港湾労働者を代表する労働組合であるILWU(国際港湾倉庫労働組合)は,埠頭の自動化に反対している。アメリカの埠頭作業は人手による作業が多く,自動化が進むと港湾労働者の失業が危惧されることから自動化交渉に反対し続けていた。これが埠頭のコンテナ滞積の根本的な原因の一つである。

 西海岸のロサンゼルス(LA)と東海岸のロングビーチ(LB)埠頭のコンテナ滞積によって,サプライチェーンの“分断”を心配する米政府当局は,2021年10月25日から輸入コンテナ(実装)を埠頭に置く場合,1個につき1日目に100ドルの罰金,2日目200ドル,3日目に300ドルと加算する罰則を導入した。それによって,輸入業者と船会社は暗黙の了解のもとに,輸入されたコンテナを早く搬出するようになった。2021年11月16日〜2022年1月14日までに55%の輸入コンテナ(実装)が減少するようになった。

 輸入コンテナ(実装)を国内に搬出するが,当然,開梱されたあとの空のコンテナは埠頭に戻るか,アメリカで荷物を積んでアジアの製造地や消費地に運び出すことによって,コンテナの需給バランスを保つことができる。

 しかし,1月4日時点でLAとLBの埠頭に,約10万個の空のコンテナが滞積し埠頭の運営に支障が出て来た。アメリカ政府は1つの空のコンテナにも1日目に100ドルの罰金,2日目200ドル,3日目に300ドルと加算する罰則を1月30日から導入する予定であるが,まだ正式な承認には至っていない。コンテナの動きが活発化すれば,アジアの生産地におけるコンテナ不足が解消される点で船会社にとっても相応のメリットが見込まれる。

 アメリカの埠頭でのコンテナ滞積の発端は,2021年6月末に,約700人の港湾労働者が新型コロナに感染したため,労働者不足から約40艘のコンテナ船がLAとLBの外海で入港の列を作った。この事態が第3四半期,第4四半期になると,さらに増え約86艘のコンテナ船が入港待ちの状態となった。今年の1月末から2月初めにかけて送り側の中国の旧正月中に,多少の消化ができると期待されている。

 しかし,アメリカ側には問題が残る。まず,ILWUの労働者組合との交渉の行方は依然不透明ということ。また,アメリカでは9月が「back to school sale」(新学期商戦)が始まることで,輸入業者は海運会社と「長期契約」を締結し,より多くの船倉スペースを確保に動く。昨年から続いた埠頭滞積問題で,輸入業者は商品が商戦期に入手できないことに恐れたため,より多くの運賃を船会社に支払い,「長期契約」を結び,より多くの船倉を確保するようになった。5月1日には運賃改定が予定されるが,予測では「長期契約」や「スポット取引」を問わず,5月1日からの新運賃は昨年よりも1.5~2倍増と見られており,商品価格に転嫁されれば,消費にも影響がでることが見込まれる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2417.html)

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