世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
優良中堅企業に学ぶ事業転換:ヒロボー㈱の事例
(日本大学 教授)
2021.12.27
かつてラジコンヘリの事業分野で世界一になった企業がある。本業の紡績事業が衰退し,まったく知見のないラジコンヘリ事業に進出し,世界のトップに上り詰めた企業,ヒロボーである。コア事業の転換を契機に,一気に海外展開を加速する典型的なボーン・アゲイン・グローバル企業でもある。しかし,現在はそのラジコンヘリ事業はコア事業ではない。それどころか売上げの1割程度を占めるにすぎないビジネスになっている。今でも世界には多くのヒロボーのラジコンヘリファンがいる。そのファンの需要に応えるためにラジコンヘリは継続して製造している。
新たなコア事業としては,ラジコンヘリ事業の技術を応用してドローン事業への本格的に参入することも,事業シナジーを考えれば有効な選択肢であったはずである。事実,一時期は産業用ドローンの開発,製造,販売を手がけるドローン事業の新会社を設立したこともある。しかし,最近ではそのドローン事業からも撤退している。現在,ヒロボーのコア事業はプラスチック成形である。もともとヒロボーのプラスチック事業は,事業転換する前に企業の存続を図るために大手電機メーカーの下請けを通じて蓄積した技術である。
ブラスチック事業と言えば付加価値の低い事業と考えられるが,ヒロボーが手がけるプラスチック事業は付加価値が高いニッチビジネスである。そのプラスチック事業を支えるのが,接続端子など金属と樹脂を一体化するインサート成形である。インサート成形とは,プラスチック射出成形における成形方法の一つで,インサート品(金属など)と樹脂が一体となった成形品を作り出す方法を言う。製品の中に電極が入っており,自動車部品として使用するためには高度な品質基準が要求される。ヒロボーが参入を決定した当時は,社内ではリスクが大きいために反対の声が多かった。事実,当時はリスクが高すぎて手がける競合企業もほとんどいなかった。しかも,現社長の松坂晃太郎はこの分野での知識の蓄積は乏しかった。しかし,その知識のなさが逆にこの分野への参入を決断させ,事業を成功へと導くことになる。
確かに,他の業界でも素人的な発想だから技術開発に成功したという事例は数多い。たとえば,半導体・電子部品の切断,研削,研磨装置の世界トップメーカである㈱ディスコも,現在のミクロン単位で半導体を切る技術の開発では,当時のトップが理系ではなく,文系の人間だからこそ開発にこぎ着けたとされている。換言するならば,業界の常識にとらわれなかったからこそ開発できた製品とも言える。ヒロボーのプラスチックの製品開発も,まさに業界の常識から逸脱していたからこそ生み出されたものである。今でこそ自動化接続端子と金属を一体化した樹脂部品を製造する全自動化システムを開発しているが,ヒロボーが参入した当時は,ここまでの機械化が進んではいなかった。この機械化が進んでなかったことが,ヒロボーのビジネスチャンスを広げることになる。当時,自動化が実現されていないため,プラスチックに後付けで電極をつける必要があった。しかも,手作業であるにもかかわらず,かなりの精度が要求されるため不良品を出すリスクも大きかった。そのため,不良品の生産比率を下げ精度を出すために,ふつうの会社であれば,すぐにロボットの導入を考える。しかし,ロボットを導入すると,今度は生産現場での採算が合わなくなる。ヒロボーはさまざまな工夫をしながら,手作業でインサート成形の製品を実現し,この分野での競争優位なポジションを獲得していくことになる。
無理だと思える課題の解決を実現することで,企業の存続を図ってきたヒロボー。今でもヒロボーの挑戦的風土は事業展開に生かされている。たとえば,顧客からの取引を依頼された場合,まずはどのような経緯で取引をヒロボーに依頼してきたかを重視するという。そして,単に競合他社に仕事を依頼したが,コスト的に採算が合わないからヒロボーに依頼してきたという取引案件は簡単に受けないのが方針である。逆に,競合他社に依頼したが,開発が困難と言われ,断られたからヒロボーに依頼してきたという仕事については積極的に受け入れている。今や,「製品開発に困ったらヒロボーに行けという」のが業界の評判となり,コロナ禍でもヒロボーの業績は持続的に伸びている。しかし,プラスチック事業に特化することで成長してきたプロセスの背後には,前述したように,将来性のあるドローン事業からの撤退や,かつてのコア事業であるラジコンヘリ事業の縮小などに見られるように,大胆に事業への投資に対してメリハリをつけてきた。社長の松坂はこれを「捨てる経営」とも言う。
日本の総合電機メーカーの長期低迷の要因の一つとして,事業の選択と集中ができなかったことが挙げられる。実際,総合電機メーカーに限らず,日本企業はかつてのコア事業から撤退して大胆に違った分野へ投資することは決して得意ではない。それに対して海外では,デュポンのように数十年の単位で事業構造を大きく変革しながら持続的に成長している企業もある。今やケミカルカンパニーからサイエンスカンバニーへとデュポンは変身している。そのため,日本企業の中にはデュポンを成長のベンチマークにする企業もある。
しかし,日本の中小・中堅企業においても,大胆にコア事業の転換を通じて海外展開を加速させている企業や,企業規模的には小さくても,コア事業を常に環境変化に合わせて変えながら持続的に成長してきた企業も多い。その変革の手法は,大手の多角化企業といえども,事業の集合体である以上,学ぶべきスキルやノウハウが多いはずである。日本の大手多角化企業も,新しい変革手法を海外企業に求めるのではなく,改めて国内の中小・中堅企業から変革スキルを学ぶのも,一つの有効な方法であることは間違いない。
[謝辞]本稿の事例を作成するあたっては,松坂晃太郎氏(ヒロボー㈱社長)に貴重な情報を提供して頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。
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