世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
APECのコロナ禍への対応
(千葉大学 教授)
2021.12.27
2021年におけるAPEC会合は,ニュージーランドが議長エコノミーとして,全体テーマ:「共に参加し,共に取り組み,共に成長する」(英語ではJoin, Work, Grow. Together. そしてニュージーランドの先住民とされるマオリの人々の言葉ではHaumi ē, Hui ē, Tāiki ē.)を掲げ,社会的な公正として,「共に」というキーワードを主軸としてオンラインで開催された。2021年7月には,非公式首脳会議がオンライン形式で開かれ,新型コロナウイルスの世界的流行に対応するため,ワクチンの供給・製造の拡大に取り組むとの首脳による共同声明を発出した。またコロナ禍によりダメージを受けた経済の立て直しに向けて議論が首脳間でなされ,ワクチン接種を協力して進めていくことも声明に盛り込まれた。さらに共同声明では,将来的な公衆衛生上の危機に備えるために「相互に合意した条件で」ワクチン製造技術の自発的な移転を奨励するとしたほか,「感染拡大を抑制するための取り組みを損なうことなく」,国境を超えた渡航を安全に再開するための道筋を開くべきと強調した。続けて共同声明では「パンデミックは,域内の住民や経済に壊滅的な影響を与え続けている。安全かつ有効で,品質が保証された手頃な価格のコロナワクチンへの公平なアクセスを加速させることによってのみ,この公衆衛生の緊急事態を克服できる」とした。
この会議には菅義偉首相(当時)やバイデン米大統領,ロシアのプーチン大統領らが出席したほか,中国の習近平国家主席も(ライブでの参加に代えて)ビデオ演説を行い,「APECに資金を寄付し,コロナ対策と経済復興のための基金を設立する」と表明した。APEC議長エコノミーであるニュージーランドのアーダーン首相は会議後,「今回の議論ではワクチン・ナショナリズムから脱却し,ワクチンの製造,共有,使用など世界的なワクチン展開につながるあらゆる側面に焦点を当てた」と表明。今般のパンデミックで終わりとは言えず,将来への備えが重要であるという点で一致したと述べている。
またバイデン大統領は「次のパンデミックに備え,世界的な公衆衛生の安全性向上に向け投資すべき」と主張し,多国間協力の重要性や自由で開かれたインド太平洋へのコミットメントを強調した。ロシアのプーチン大統領は,ワクチンの製造や配布を巡る世界的な障壁を取り除く必要があると指摘した。しかしながらこの「多国間協力」は米国と中国(共にAPECメンバー)の主権の対立もあって真の意味では実現されておらず,むしろ二国間の対立の状況は日々のメディアにおける両国間の貿易・安全保障面のせめぎ合いのニュースを見るにつけ,両者の主権の対立が,APECの提唱する「開かれた地域主義」の状況からは程遠いことを思わせる。コロナ禍において,APECでは「自発的」なワクチン製造技術の移転(国内外,域内外といった区別をせずに)を奨励しているものの,例えば米中の共同によるワクチン開発は現時点で想定することができない。米中という世界の主要国(あるいは主要エコノミー)がともに参加するAPECにおける「開かれた地域主義」は,両者のぶつかり合いをある程度緩和しているようにも思われる。米中のみでは会合を持たない局面であっても,APECの会合においては両者が出席し,協力に向けた意見交換を確かに行っているのである。11月12日には,APEC首脳会議がテレビ会議形式にて開催され,首脳会議では,あらゆる人々及び将来の世代の繁栄に向けた新型コロナからの回復についての議論が行われ,総括として首脳宣言が発出されたほか,「APECプトラジャヤ・ビジョン2040」を実施するための「アオテアロア行動計画」が採択されている。
2022年にはタイがAPEC会合の議長となり,APECにおける同年のテーマとして,「オープン,コネクト,バランス」がすでに掲げられている。具体的には,安全かつシームレスな方法で,地域を再び接続すること,アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想の実現に向けて貿易投資を活性化すること,持続可能でバランスのとれた包括的・長期的な成長を確保するため,APEC域内の経済活性化を図ることの3つが主眼となっており,これらには,APECの「開かれた地域主義」という価値観が反映されている。コロナ禍以降にさらなる分断が懸念されるアジア太平洋地域において,APECには独自の存在意義があり,今後の動向を注視していきたい。
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