世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCの熊本と高雄の工場建設を正式決定
(九州産業大学 名誉教授)
2021.12.06
11月9日,TSMC(台湾積体電路製造)は熊本県と高雄市の2大投資案件を正式に発表した。両投資案とも2022年に着工し,2024年末前に量産化を開始する。関係者によると,熊本工場は経済産業省から日本進出の要請にTSMCが応えたものであるが,ソニーとの協力関係の深化を目的としたもの。他方,高雄工場は水不足のリスク分散である。一部は拙稿「TSMCの熊本進出決定:決算報告会で何を語ったのか?」)に述べているので,重複した部分は省略する。
(1)熊本工場の建設案
この日,TSMCとソニー傘下のソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は,熊本県菊陽町のソニーの敷地内でJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)のウエハー工場の設立を発表した。SSSの投資額は約5億ドルで,JASM株の20%を取得する。TSMCは,理事会で日本子会社向けに21億2340万ドルの投資を決定していた。
TSMCの発表によると,今後を含めて70億ドル(約8000億円規模)の投資を見込んでいる。JASMは線幅22nm(ナノメートル)と28nmの製造プロセス技術で,月産4.5万枚の12インチのウエハーを生産し,1500人を雇用するという。このプロジェクトは日本政府から最大で半分相当の資金援助が得られる。SSSがJASMの理事会の議席を手に入れるか否かについて,JASMは発表していない。また。SSSとの技術協力の内容についても触れていないが,JASMの運営はTSMCが主導的に行い,SSSと緊密な協力を行うと強調した。
TSMCの魏哲家総裁は,「人々の生活がアナログからデジタルへ移行する中で,TSMCの特殊製造プロセスを通じた技術で顧客の生活を支援してゆきたい。TSMCはソニーの支持を得て,熊本の新工場を用いて市場のニーズを満たし,またこれを機に多くの日本人がTSMCの技術を活用していただく,“ファミリー”となっていただくことを望んでいる」と述べた。
SSSの清水照士代表取締役社長兼CEOは,「世界で半導体の不足が続いている今,TSMCとの協力関係がロジック半導体チップの安定供給に貢献できる」と語った。
台湾の工業技術研究院(ITRI)の産業科学国際研究所の楊瑞臨研究総監によると,TSMCの熊本進出および共同出資方式は,「決して意外ではない」と述べた。楊研究総監によると,TSMCはアメリカのアリゾナ工場と中国の南京工場の建設は100%の自己資本方式を採用した。米中のウエハー工場の建設は,顧客の近くでチップを提供することであり,100%の自己資本の場合,知的所有権の管理と顧客からの機密性が高い受注データの管理がしやすいからである。
一方,JASM熊本工場は単に顧客の半導体チップを委託生産するだけでないという。「仮に委託生産の場合は100%の自己資本でも工場設置は出来る。ソニーは世界最大のCMOSセンサー技術を使用した低消費電力のイメージ・センサー(CIS)を有しており,過去においては自社のウエハー工場で生産も行っていた。JASM熊本工場の設立によって,TSMCとソニーは関連する特殊技術を持ってR&Dの協力関係を構築・深化させることが必要なため,共同出資方式となった」と楊研究総監は述べた。
また,日本政府がTSMCに日本への進出を要請していることから,「将来にかけてTSMCと産官学との協力関係に深化させ,JASMには日本の半導体政策に重要な役割を期待している可能性がある」と,楊研究総監は指摘する。
今回のJASMが22nmと28nmの成熟製造プロセスであることに対し,アリゾナ州では5 nmの先端製造プロセスとなる。ネット上では,なぜ日本には5nmウエハーの工場を設けないのかとの不満の声も聞かれた。これについては現在,日本の電子企業からは5nmや3nmのチップに関する受注は少なく,仮に5nmウエハーの工場を日本に設けた場合,誰にチップを販売するのかという問題に直面する。アリゾナ州で5nmのウエハー工場を設けるのは,アップルのiPhoneと米・国防総省(F35戦闘機やミサイル)に大きなニーズがある。NVIDIA,AMDなどのファブレスの顧客から5nmチップの大きなニーズが存在する。「日本で求められる半導体は最先端のものではなく,ソニーのCIS関連,自動車企業の車載半導体,家電など成熟クラスの半導体に需要がある」としている。
また,日本政府が巨額の補助金でTSMCの工場を誘致することが,日本の半導体産業の底上げ,強化につながるのかの問いについては,「国内の半導体供給が主な誘致の目的である。万が一,台湾有事が発生し,半導体のサプライチェーンが中断した場合でも,半導体の確保ができる」とし,国家安全保障の観点から日本政府が外資系企業に莫大な補助金の提供している」との考えを述べた。
(2)高雄工場の建設案
今回,TSMCは熊本工場の建設のほかに,高雄での7nmと28nm製造プロセスのウエハー工場建設も発表した。高雄新工場は2022年に着工,2024年には量産化体制に移行する。市場のニーズを応えて,高雄工場は中国石油の高雄煉油工場の跡地に設ける。
TSMCは工場建設の具体的な金額を発表していないが,理事会では90億3644万ドルの予算が審査された。この金額はTSMCの先進製造プロセスの構築とレベルアップ,成熟と特殊製造プロセスの生産能力の構築,先進封止めの能力の構築,高雄工場の設置費用,工場内設備と設備のレンタル費用などが含まれている。
台湾経済研究院の劉佩真研究員によると,TSMCの高雄工場の設置は水の供給リスクの分散に寄与している。TSMCの高雄進出によって,高雄は新しい半導体の集積地になり,台湾の北部(新竹サイエンスパーク),中部(台中の中部サイエンスパーク)と南部(台南の南部サイエンスパーク)とバランスのとれた地域の発展に,大きな役割を果たすようになると述べている。
[参考文献]
- 朝元照雄『台湾の企業戦略:経済発展の担い手と多国籍企業化への道』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」,3~44ページ。
- 朝元照雄「経済産業省のSonyとTSMCの合弁案:TSMCは要請に応えるのか?」世界経済評論インパクトN0.2206,2021年6月28日。
- 朝元照雄「TSMCの3nmチップ量産化後の顧客たち:半導体受託製造ビジネスの新しい動態」世界経済評論インパクトN0.2246,2021年8月9日。
- 朝元照雄「世界最大半導体受託企業TSMCの技術力:熊本県菊陽町に新工場設置を決定」『世界経済評論』2022年1/2月号,2021年12月刊。
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