世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国に揺さぶられるバイデンの通商戦略
(杏林大学 名誉教授)
2021.11.22
尻に火が付いたバイデン政権
バイデン政権の通商戦略が中国に揺さぶられている。国内経済の再生と雇用拡大など国内対策を優先し,環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰を含め貿易協定の締結を含む通商交渉を後回しにするなど,積極的な通商戦略を「封印」してきたバイデン政権だが,ここにきて,下手をすると中国がアジアの通商秩序を主導する事態になりかねず,危機感を強めている。
日中韓とASEANなど15カ国による「地域包括的経済連携(RCEP)」が来年1月に発効することが決定したのを受けて,中国が米国の不意を突く形で,RCEPの次を見据えた布石を立て続けに打ち出したからだ。今年9月に日豪など11カ国による「包括的かつ先進的なTPP(CPTPP)」,11月にシンガポール,ニュージーランド,チリの3カ国による「デジタル経済連携協定(DEPA)」への参加を申請した。米国不在の枠組みで中国の影響力拡大を狙っているのは明らかだ。
中国を標的にした米国のサプライチェーン戦略
バイデン政権はトランプ前政権の対中強硬策を引き継ぎ,米中デカップリング(分断)を進める一方,経済安全保障の観点から米国の対中依存脱却のために,サプライチェーン(供給網)の再編に取り組んだ。
バイデン大統領は今年2月の大統領令で,サプライチェーンの脆弱性が問題となる分野を特定,①半導体,②電気自動車(EV)用のバッテリー,③医薬品,④レアアースを含む重要鉱物の4分野について,それぞれ商務省,エネルギー省,保健福祉省,国防総省の4長官に対して,サプライチェーンの強化に向けた対策案を100日以内に提出するよう指示。今年6月,サプライチェーン強化に向けた報告書が発表された。
バイデン政権のサプライチェーン戦略の特徴は,米国単独ではなく,同盟国・友好国との協力を前提としてサプライチェーンの脆弱性を克服する方針を示した点だ。対象国・地域はEUや日本,台湾,韓国,インドなどで,国際協力の枠組みとしてG7,日米豪印4カ国のクアッド(Quad)などが挙げられる。バイデン大統領はサプライチェーンの強化を話し合う首脳会合を次々と開催,対中包囲網の構築に向けた連携の拡大と深化を目指した。
包囲網に反発した中国の対抗策
昨年4月に開催された中国共産党中央財経委員会における講和で,習近平総書記はサプライチェーン構築の狙いについて,「中国が市場規模や技術力によって,国際的なサプライチェーンにおける中国への依存度を高めることができれば,他国による人為的な供給遮断に対する強力な反撃力と抑止力を形成することができる」と述べた。CPTPPとDEPAへの参加申請は,バイデン政権が進める対中包囲網を破るため,他国を中国のサプライチェーンに依存させるのが狙いである。
今年3月の全国人民代表大会(全人代)で採択された「第14次5カ年計画」(2021~25年)の特徴の一つは,科学技術の「自立自強」を打ち出した点だ。「自立自強」は,イノベーションを促すことで競争力を強め,先進国で進む脱「中国依存」に揺るがない自立的な経済発展を目指す。同計画には,イノベーションを通じてサプライチェーンにおける優位性を高めることでバイデン政権に対峙する,という習近平政権の目論見が透けて見える。
後手に回ったバイデン政権の通商戦略
ところで,バイデン政権内では,中国に対抗するためアジア太平洋地域での多国間デジタル貿易協定を締結する構想が検討されている。国境を越えたデータ利用やデジタル製品の関税の扱いなどを定めるのが,デジタル貿易協定である。TPP離脱の空白をどう埋めるか,通商戦略に手詰まり感が強まる中,デジタル貿易協定に活路を見出そうというわけだ。
そうした中,米国の選択肢の一つとして,人工知能(AI)に関する規律を盛り込むなど最新のルールと言えるDEPAへの米国参加の可能性に注目が集まっている。P4(パシフィック4カ国)からTPPへと拡大したように,米国の参加をきっかけに,DEPAを軸とした拡大劇が再現するかもしれないとの期待があるからだ。
だが,もたもたしている間にDEPAへの参加申請は中国に先を越されてしまい,中国抜きの協定に固執する米国がDEPAに合流する可能性は小さくなった。デジタル貿易協定構想に関する米国の決定が先送りされたのが,バイデン政権にとって大きな痛手となった。国務省と国家安全保障会議(NSC)は,戦略的意義が明確なことからデジタル貿易交渉を進めたがっていたが,「労働者中心の通商政策」に重点を置く米通商代表部(USTR)が慎重な構えを崩さず,政権内の足並みが揃っていなかったからだ。
バイデン政権は通商戦略の「封印」を解け
中国の動きに危機感を強めたバイデン政権では,レモンド米商務長官とタイ米通商代表部(USTR)代表が11月15日の訪日を皮切りにアジア歴訪を行うなど,アジアの同盟国・友好国との結束を強めるのに躍起となっている。同盟国にも鉄砲を打ち込むのかと非難された米通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミの追加関税の撤廃に向けた交渉開始が決まったのも,その一環である。
レモンド氏は,伝統的な自由貿易協定(FTA)より強権な枠組みを追求するとして,サプライチェーンやデジタルなどを念頭にTPPに代わる新たな枠組みを作る意向を明らかにしたが,その具体的な構想はまだ固まっていないようだ。TPP離脱の空白を埋めたい米国が,アジア太平洋地域に米国が戻ったことを同盟国や友好国に示すために,インパクトのある新たな枠組みをいつ提示することができるのか。バイデン政権が国内事情を理由に問題の先送りを続ければ,ますます中国に付け込まれるだけだ。通商戦略の「封印」を解くのは今しかない。
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