世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2317
世界経済評論IMPACT No.2317

科学はマスコミに負けた

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2021.10.18

 既に2年近く続くコロナ禍の中で科学はマスコミに負けてしまった。あくまでも筆者の主観的意見であるが。本稿では,経済予測でも重要な統計の話を中心にマスコミによる科学の蹂躙を記述したい。

 本来は論文誌のような査読的な科学議論が必要であったにもかかわらず,人心を大きく惑わせたのは「8割おじさん」をBuzz Wordとする「TV専門家」の感染拡大予測であろう。なお,西浦氏は後述する統計解析法を使って予測を行っている(Nishiura, H, et al., Int J Infect Dis, 94, 154-155,2020)。発表方法がフライング気味であっただけである。結果を見ればワクチン接種推進が最も効果的であり,政府専門家会議/分科会がつい最近まで強く主張していた「人流」抑制と感染拡大減少は厳密な解析をしなくてもマクロな相関が無いことが解る。非科学的というそしりを承知でいうと,オリパラ開催で「日本が壊滅しますよ」的な脅し報道はマスコミが売上を伸ばすためにはしゃいでいただけとしか見えない。

 米国CDC,英国,イスラエルのデータから欧米製のワクチンの効果はめざましく,副反応も治験結果とほぼ同じであった。しかし,本年2月まで接種を「慎重に」と主張して憚らなかったNHKや「専門家」の根拠なきコメントや大外れ予測はご存知のとおりである。むしろ一般国民はワクチンの効果をWEBで知り,マスコミの脅しが意味をなさないと感じ取っている。感染者数予想を大きく外した理由の検証を公開議論しないままでは,「せんもんか」だけではなく広く科学に対して不信が高まるだけである。未だに東京オリパラ開催反対は正しいなどという意見は屁理屈である。こんな人々に科学云々と言われたら目も当てられない。

 ある事象の未来予測技術はこの30年で大きく発達している。昔から天気予報は当たらないと言われてきたが,今では統計解析とディープラーニング学習のモデルケースとして活用されている。コンピューターの発達とビッグデータ処理が可能になるプログラミング手法,加えてオープンソース式のプログラム開発・改良の賜である。過去の結果とその影響分析から導かれる予測モデルとして近未来の自動制御技術にも繋がるので重点的な投資が必要である。大外れ頻発の株価予想番組はAI予測に置き換えてよいと思う。

 データ・サイエンティストが話題に登り当該分野の人材不足が叫ばれている。たとえ数学をサボった文系や解析だけしかやらなかった理系の人といえども詐欺的に騙されないようにデータサイエンスの基礎やアプローチの仕方を理解したほうが良い。コロナ感染拡大予測でしばしば引き合いにされる「数理モデル」は,実際に起った過去の事象を微分方程式で分析を行いモデル化するものである。当然,グラフにした時に角や切れ目がある場合(非線形と言います)では最新のスパコンを用いても計算できないので非線形部分を乗り越えるために(文字通りに)適当に丸める(正しくは近傍の近似をするという)ということを行う。この「丸め方」だけでも多くの方法が積み上げられている。偉い先生に面と向かって「丸め方が云々」と批判をすると怒鳴られるが,実際に数値処理を扱っている研究者や学生の間で代々引き継がれていく重要なテクニックである。数理モデルは計算結果と起こったことの誤差を埋めるために数式を弄り倒すので,気がつくとモデルと現実の辻褄が合わなくなってしまうことがある。また株式投資で未来予測に使う移動平均は,過去の結果の変動分析であって未来を予測する数学ではないので「過去がAだったから将来A’になる」というのはそれぞれの思いである。Wikiの数理モデルにはその限界がわかりやすく説明されているので参照されたい。

 これに対して,自動運転制御,気象予測,販売予想に導入されている「統計解析」は「推定」を基にした将来予測「確率論」である。現在では,その昔,役に立たないと言われていた「ベイズ推定」という手法がポピュラーになっている。20世紀の統計解析は客観的な事実を計算の開始点としたが,ベイズ推定では主観的に仮説を立てて計算を開始する。極端なことを言えば開始点は「晴れたらいいな」程度の思いつきで良い。この仮説に尤もらしさ(尤度という)を加えて修正を行っていく手法である。一例として,自動運転で重要課題の「路地から子供が飛び出してきて車とぶつかる」ことを考える。初期仮説として子供が飛び出す可能性は「ある」と予想する。20世紀の推定は,これを例えば時間帯ごとに区切って客観的確率(固定値)で定めるが,ベイズ推定では「10回に1回ありそう」というような計算者の主観から開始して結果(事故る,事故らない)を積み重ねていく。つまり,人間が瞬間的に判断している予測に近い方法を数学的に処理していると考えてもらえれば良い。ただし,「多分,自分は大丈夫だろう」という安全神話的なものは使わない。かなりの数学的知識を必要とするがWEBで良い説明がされているので参照されたい。

 実際のベイズ推定統計解析は見るのも嫌になるような数式の羅列になるので,マスコミはコロナ感染拡大を検証もなしに「専門家」(が分析しているので正しい)として報道しまくった。加えて解説員や識者を使って経済や日常行動を圧迫し続けた行動制限「お願い」を国民に要求したが,大幅にハズレたので「科学的な」予測は当てにならないという空気を生み出している。柔らかい頭で多様であるべき科学が権威に頼って硬直したマスコミに負けたのである。「専門家」を固定するNHKを始めとする権威主義的な姿勢はマスコミや野党が絶えず批判する「変われない」と等価ではないだろうか。この矛盾した科学をバカにする態度を糺すには,科学者が易しい言葉で過半数の人々が納得する説明を繰り返すことを通じて相当頑張らないと復権は難しい。技術立国,科学技術振興を唱えることは重要だが世間一般に科学の重要さを認識してもらわなければ成功しない。難しい言葉,いかにも専門用語に聞こえる横文字を連発する手合を重用する解説を一掃する必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2317.html)

関連記事

鶴岡秀志

最新のコラム