世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2279
世界経済評論IMPACT No.2279

米軍のアフガン撤退の衝撃

坂本正弘

(日本国際フォーラム 上席研究員)

2021.09.06

1.小生の属する研究会の7月末の例会では,昨今の国際情勢は大きな変動もなく,夏枯れかという話があった。しかし,8月中旬,アフガン情勢は一挙に緊迫し,タリバンのカブール制圧が加速化した。米軍は6千人の兵力を展開し,米人,アフガン人の撤退を試みたが,自爆テロで米軍死傷者も出る中,厳しい撤退を強いられた。米軍アフガン撤退の衝撃の影響は多面的だろうが,結局は,米中対立を更に激化させるだろうと考える。但し,9月初めには菅総理の退陣という,更なる激動があった。

2.習近平は,本年初めから,現在の国際情勢は100年に一度の混迷期だが,中国に利があると述べていた。2018年以来,トランプ政権が,中国に対し,関税・技術戦争を挑んだのみでなく,タブーの台湾問題にも踏み込み,中国は守勢に立たされた。しかし,コロナへの対応において,中国が早期収束を果たし,医療外交を展開し,国連での途上国支持を高める中で,米国は,60万人の死者を出し,トランプは敗退し,米国は分断し,議会の襲撃があった。新華社は,1月12日,アメリカの民主主義は神棚から転げ落ちたと評したが,今回のアフガン撤退は,中国での米覇権衰退の観測を高めることは明らかである。

3.米国の覇権後退なら,中国は喜ぶべきだが,習政権の内外強硬姿勢はむしろ高まりを見せている。なぜかだが,中国では,成長鈍化で,ナショナリズムの役割が増大する中,共産党の正統性が常に問われ,失敗は許されない。更に,2022年秋の党大会での習近平氏の党総書記再任問題が絡んでいる。コロナ頻発への異常な厳しい対応,冬季北京オリンピックの成功は,党大会成功への必須な条件で,国内の締め付けがつよくなる。

 対外的にも,中国の威信は高められるべきである。インドとの緊張は続き,豪州への締め付けを強め,ベトナムなど周辺国への強い姿勢は続き,海外からの,新疆,香港,台湾問題への介入は許されない。尖閣でも緊張は続く。国連では,アフリカを始め,途上国の支持で,西側を上回る票数を得ている。米国も,中国のミサイル,海軍艦艇数の優位など解放軍の戦力増強を認める。

4.バイデン大統領は4月末,上下両院の議会演説で,コロナ対策,雇用創出,インフラ整備,米家族計画を提唱したが,これは,中国に対し競争力を高める戦略だと看破し,同盟国との協力の重要性を指摘した。対立する共和党とも,中国への強硬姿勢では一致しており,コロナによる犠牲は,中国の責任を問う姿勢となり,中国の米国衰退論には反発する。バイデン政権は,更に香港,新疆・チベットの人権問題を非難し,台湾を擁護する。

 しかし,トランプ氏以来の関税戦争,投資制約,個別企業制裁のデッカプリングの効果は十分でない。コロナからの回復の差もあり,多くの企業は中国から去ろうとしない。米国にとって,中国を制約する手段は限定的になっている。ドル取引を含む金融制裁は,劇薬だが,米国にも損害の可能性がある。但し,長期的には,人口動向をはじめ,社会のダイナミズムは米国に優位と判断される。しかし,アフガン撤退の後遺症から,何時米国は立ち直るか? べトナム敗戦から,レーガンの積極政策まで,約10年を要している。

5.こうした中で,最近の注目は,習近平の「共同富裕」の提案である。習氏は8月17日の中央財経委員会に於いて,「第二の百年・2049年」の奮闘目標に「共同富裕」を掲げ,公有制(国有企業)主体で発展させるとした。「共同富裕」は1953年に毛沢東が提起し,人民公社を組織し,大躍進運動を展開したが,多数の餓死者を出した。習近平は「調高,拡中,増低」(高所得者層の調整,中間層の拡大,低所得者層の収入増)を掲げるが,実際は,自らに従順でない富裕層を従わせることが主目的との観測がある。アリババ,テンセント,滴適などのIT企業への関与を強めるが,中国の成長の芽を摘むのではないかと考えられる。

6.日本の対応:川崎剛准教授(カナダのサイモン・フレーザー大学)は,大戦略として,「世界の秩序戦で,自陣営が有利なように,しかも自陣営の中で自国の地位が向上するように行動する」ことを提案する(『大戦略論』勁草書房2019年刊行)。安倍総理の「自由で,開かれたインド太平洋構想」は,米国にも採用された日本の影響力ある戦略である。問題は,これを,実行するには,安全保障や非常時に有効に対応できることだが,菅総理引退の目前の混迷を克服し,如何にして,長期の,強力な政権を形成できるかが肝要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2279.html)

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