世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2178
世界経済評論IMPACT No.2178

失敗の再燃

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 客員教授)

2021.05.31

 40年近く前,私が大学に奉職した頃に,軍事・組織論研究者たちによる「失敗の本質」という著書が出版され,その後評判となった。著書の中では戦前の旧日本軍における太平洋戦争時の失敗の本質は一般的に三つに結論づけられるといわれる。すなわち,①曖昧な戦略目的,②短期決戦の戦略志向,③空気の支配,である。今日改めて読み直しても組織論として現代につながる卓見が見られる。例えば旧日本軍では「空気」が支配していたということ,現代風に言えば「空気を読む」ということである。40年近く前に空気を読むことの弊害がすでに指摘されていたことは卓見だが,これは例えば作戦責任者たる司令長官の「必勝の信念」発言に対し,もはや何を言っても無駄だから反論しないという思考停止・議論停止の空気である。

 曖昧な戦略目的の例は例えばミッドウェー海戦での敗北に見られるように,ミッドウェー基地の攻略と米軍空母部隊の殲滅を同時遂行したことである。基地を攻撃して救援のために出てくるであろう空母部隊を攻撃する,一見良好な作戦に見えるが残念ながら攻撃機に装填する爆弾の種類が違う。地上基地には陸用爆弾,空母など海上艦には魚雷だ。結局爆弾から魚雷への装填変更時に米軍からの攻撃により,日本軍は虎の子の空母4艘を喪失する。日本軍の中にも,陸用爆弾でも敵空母の甲板を破壊することができると主張した将官がいたが,結局採用されなかった。

 短期決戦の戦略志向は,兵力の逐次投入および艦隊や軍団の決戦優先である。真珠湾攻撃から始まり沖縄戦まで短期決戦志向が強い。またビルマ(ミャンマー)戦線やガダルカナル島での戦闘では,兵力の逐次投入=小出しにして敗北を重ね,合算すると結果的に大敗となった。一方アメリカは開戦にあたり,勝利のためには日本本土の爆撃・占領を計画するという,長期戦略志向であった。もちろん日本にはアメリカ本土占領の計画は無い。

 空気の支配が主流となると科学的思考が退化してしまう。日米開戦時にも「日本存続のためにはやむをえない」とい言う空気が支配し,根拠なき楽観主義がはびこりだした。例えば開戦時に日米の経済力格差が1対10だったこと,終戦時のソ連の満州侵攻を対応できなかったことなどがあげられる。後者については日ソ中立条約を延長しない旨を1945年4月にソ連から通達されたにもかかわらず,同年8月9日のソ連参戦に対応しなかったことである。元来,日本は満州国に80万の軍隊を保持していたが,太平洋戦争を通じ南方戦線に転用して,満州国を防衛する能力を喪失していた。日本軍の解釈は中立条約の延長は1年前に通告するため,1946年4月までは有効であり,それゆえ「ソ連は攻めてこない」という結論となった。しかし延長しないという通達は攻撃するということと同義であり,せめて植民開拓団の日本帰国を実施しておれば終戦時の悲惨な事態は防げたかもしれない。

 よく比較されるが日独伊の枢軸国のうち,ドイツとイタリアはヒットラーやムッソリーニの独裁体制,日本は軍部による集団指導体制である。独裁体制の指導者は,ムッソリーニは略式裁判による即時処刑,遺体は市内公開で損壊,ヒットラーは自決と遺体完全焼却の末期であった。一方集団指導体制の日本は「戦陣訓」とは異なり,「生きて虜囚の辱を受け」て,極東軍事裁判で処刑された。

 独裁が危険であるのは間違いないが,集団指導体制も安全ではない。新型コロナウイルスへの対応に関しても先の三つの失敗が生じている。

 ①曖昧な戦略目的。日本ではコロナ収束か経済かを両天秤にかけ,ハンマー・アンド・ダンスでそこそこ両方を実現しようとしているが,収束の鍵がワクチン接種であるのは欧米の例を見れば明らかである。

 例えばIMFのWorld Economic Outlookの春期レポート(4月6日公表)では,2021年と2022年のGDP経済成長予測で,アメリカは5.1%と3.1%,ユーロ圏で4.4%と3.8%,イギリスが5.3%と5.1%と推計されている。これに対し日本は3.3%と2.5%であり,両年ともG7中,最低の数値である。4月上旬時点のワクチン接種回数(100人中何回接種されたか)とGDP経済成長予測値を比較したある分析記事では,ワクチン接種はアメリカとイギリスが50前後,ドイツ,フランス,イタリア,カナダが16~18程度,これに対し日本は0.95と100人中1回にも満たない。元来,緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の実施は,ワクチン接種による集団免疫獲得までの時間稼ぎであるはずだ。

 ②短期戦略志向。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を小刻みの日程で逐次投入的に追加したり,ワクチン接種を段階的に拡大していることが証左である。2021年4月12日より高齢者へのワクチン接種が開始されたが,東京・大阪での自衛隊による大規模集団接種は5月24日からである。せめてひと月前から大規模集団接種(接種数は多少少なくても)が開始されれば,大阪での悲劇は緩和されただろう。

 ③空気の支配。コロナ対策に関し空気を作り出すことに重視する傾向がある。安心安全なオリンピック・パラリンピックの実施や,7月末までに高齢者接種を完了させ医療逼迫を防ぐ,等に関し繰り返し訴えるが科学的根拠が示されない。高齢者人口は3600万人といわれ,5月26日現在7月末までに高齢者接種を完了する場合は,2回接種するので今から1日100万回接種しないと間に合わない。首相官邸ホームページの数字では5月26日現在,最大で31万回程度である。現在までに350万回接種しているので残りは約6900万回,7月後半には100万回を大きく超えていないと無理であろう。医療従事者ですら4月以降現在まで最大1日35万件である。それ故7月末は全く根拠が不明と疑いたくなってしまう。

 そして三つの失敗の本質の中心にあるのは,責任の所在が不明であることだ。政府の中枢にある人々はよく,「責任は私にある」というが,責任の取り方は示されない(あるいはコロナの収束に携わるのが責任の取り方だ等と言う)。「一死,大罪を謝す」必要はさらさらないが,政治生命くらいはかけてもらいたいものである。そして将来,こうした失敗の再燃が起こらないことを祈念する。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2178.html)

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