世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
台湾の半導体製造が見舞われる干ばつとコロナ禍再発
(九州産業大学 名誉教授)
2021.05.31
大寒波と火災
2021年2月,テキサス州の大寒波による停電などによって独・インフィニオン・テクノロジーズ(Infineon),蘭・NXPセミコンダクターズやサムスンの操業が不能になった。
また,3月8日にサムスンの華城事業所で火災が発生した。廃水処理装置の脱臭装置周辺で発生した。華城事業所は最新鋭EUVリソグラフィ専用棟V1ラインに7nmプロセスを採用したモバイルプロセッサ生産の基幹拠点である。
続いて,3月19日,ルネサスエレクトロニクスの茨城県ひたちなか市の那珂工場で火災が発生し,操業不能になった。ルネサスは3~4カ月の程度で,もとの生産能力への復旧を目指している。
3月31日,台湾・新竹サイエンスパーク内TSMC(台湾積体電路製造)のFab12B,P6(第6期拡張ライン)に過電流が流れ,配線が短絡して出火した。二酸化炭素による消火システムが作動し,すぐに消火ができた。このFab12Bは研究開発と先端デバイスの試作が行われ,半導体の正常な生産に支障がないと言われていた。半導体の不足のなか,これらの天災や人災によって不足の上に不足を重ねるようになった。
2020年10月,旭化成マイクロシステム延岡事業所,2021年3月のルネサス那珂工場などの火事が続いて発生していた理由は,一部ではコロナ禍で製造業の人員削減,工場建屋の老朽化,半導体の不足による休日・祭日なしの24時間のフル回転での稼働率向上による人員の疲労などが指摘されている。人員は「心の余裕」がなくなり,設備はかなりの無理をおして稼働していたようだ。
水不足と半導体
今まで,台湾では1年に少なくても1回の台風の上陸があった。台風は災害を持ち込むので歓迎されないが,大量の降雨がダムを潤し,生活用水,工業用水,農業用水を供給している。ところが,昨年(2020年)は台風が1回も台湾に上陸せず,ダムの貯水量の不足が憂慮されている。
台湾北部から南部にかけて各ダムの満水時と比較した貯水比率(4月12日時点)は次の通りである。
- ① 翡翠ダム(新北市)76.02%
- ② 石門ダム(桃園市)30.88%
- ③ 宝山ダム(新竹県)18.84%
- ④ 宝山第2ダム(新竹県)7.76%
- ⑤ 永和山ダム(苗栗県)7.11%
- ⑥ 明徳ダム(苗栗県)10.27%
- ⑦ 鯉魚潭(苗栗県)8.39%
- ⑧ 徳基ダム(台中市)4.58%
- ⑨ 霧社ダム(南投県)16%
- ⑩ 日月潭ダム(南投県)34.81%
- ⑪ 曽文ダム(嘉義県)11.61%
- ⑫ 白河ダム(台南市)0%
- ⑬ 南化ダム(台南市)29.8%
- ⑭ 烏山頭ダム(台南県)41.33%
新北市の翡翠ダムを除いて,その他のダムの貯水率は42%以下である。白河ダムはゼロ,徳基ダム,宝山第2ダム,永和山ダム,鯉魚潭などのダムの貯水率は1ケタ台である。この水不足の解消には5月の梅雨時に,大量の雨が降るように祈るしかない。
2019年の新竹サイエンスパークのTSMC新竹工場は1日当たり6.3万トンの水を使用し,2つのダム供給水の10%を消費する「水喰いマンモス」と「電力喰いマンモス」である。
2018年にTSMC全部の工場で約6300万トンの工業用水を使い,2019年は更に328万トンをより多く使用している。しかし,TSMCの用水の回収率は86%と大変多く,用水を無駄にしていない。また,TSMCは水道水をそのままに使用するのではなく,純水に処理してからウェハー製造時のクリーニングに使用している。今年の水不足でTSMCは2~5億台湾元を投じて100余台のタンクローリーを購入し,建設現場で溢れた地下水を集めている。
仮に水不足が深刻化になり,水力発電ができず,電力網の脆弱になり,5月中旬に台湾北部の約4時間の停電を招いた。当然,半導体の安定供給に危惧されるようになった。
「防疫優等国」台湾は陥落するか
トランプ政権時,中国からアメリカへの輸出品に25%の輸入関税を課するようになり,アップルのiPhoneなどの製造基地は中国からインドに次々と移転した。インドはコロナ禍の蔓延で,鴻海(ホンハイ)などのインド人従業員に100人以上の感染者が発生し,生産を3日間中止し,消毒を行った。
その後,インドのコロナ禍の感染拡大でiPhoneの製造受託サービス(EMS)の鴻海,和碩聯合科技(ペガトロン)および緯創資通(ウィストロン)の台湾人駐在員の殆どが台湾に撤退するに至った。インドの台湾人駐在員3人が台湾入国時のPCR検査で陽性が検知され,緊急隔離措置になった。台湾初のインド変異株の感染者である。今年出荷する初の5nm(ナノメートル)プロセス半導体チップ搭載のiPhone12の生産スケジュールにも,遅れが見込まれる。この5nmプロセス半導体チップはTSMCが受託製造したものである。
2021年5月上旬まで,台湾の新型コロナ感染者総数は1200人余りであり,防疫対策の「優等生」である。この数の約9割は海外入国者の感染者で,空港や14日間での隔離中に診断されたものである。残りの120人のうち半分の約60人は昨年(2020年)の市中感染者で,残りの半分の約60人は今年1月~5月上旬の感染者である。
ところが5月14日に21人,15日に185人,16日に209人,17日に335人,18日に245人,19日に275人(これらの数値は入国者と市中感染者の単日合計)に台湾の感染者が爆発的に増えるようになった。それによって,19日までに市中感染者が累積で1337人に大幅に増えるようになり,市中感染者累積数が入国感染者累積数を超えるようになった。
その主な理由はチャイナエアライン(中華航空)の国際線パイロットが感染し,入国時3日間(一般人は14日間,国際線乗務員は3日間)隔離を行う諾富特ホテル(Novotel)で,5月8日にクラスターが発生したことによる。それが引き金になって,ライオンズクラブ地域支部前会長参加の月例会(瀘洲),ゲームセンター(宜蘭),ホステス・ティーハウス(萬華),寺廟巡礼ツアー,病院(亞東医院,和平医院)などに次々とクラスターが蔓延した。
台湾と同じように,アジアの「防疫優等国」のシンガポール(チャンギ国際空港),ベトナムも新型コロナによって次々と“陥落”したようである。
現在,TSMC,聯華電子(UMC),力晶積成電子製造(パワーチップ),世界先進積体電路(VIS)などのファウンドリー(半導体受託企業)は新型コロナの感染までに至っていないが,仮に猖獗を極めた場合,世界の半導体不足が拡大すると見込まれる。
通常,台湾の国際線パイロット・乗務員の入国はPCR検査陰性後,3日間ホテル隔離した後に再びPCR検査を受け,陰性後に“解放”され,11日間の自主隔離に入る(当然,次の国際線の搭乗ができる)。ところが昨年12月のエバー航空のニュージーランド籍パイロット,今年5月のチャイナエアラインのパイロットは3日間のホテルの隔離にも関わらず,市中感染を引き起こした。日本の国際線パイロット・乗務員は入国時にPCR検査陰性後,隔離なしのままに自由に活動ができる。
3日間のホテル隔離でさえも市中感染が発生していることから,日本方式は新たに新型コロナ拡大の潜在的危機を秘めていることに留意すべきである。特に7月以降,オリンピック・パラリンピックが開催されるので対策が必要だ。もちろん,日本の国際線乗務員へのワクチン優先接種に踏み切るべきだ。
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