世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
英国がポストBrexitの新成長戦略を打ち出す
(欧州三井物産戦略情報課 GM)
2021.05.17
英国政府が,ポストBrexitの新成長戦略,‘Build Back Better : Our Plan for Growth’を発表した。2017年に発表された「産業戦略」(‘Industrial Strategy: building a Britain fit for the future’)の後継にあたり,前戦略と比べると,気候変動対策やGlobal Britan等,国際通商・投資戦略が強化され,より包括的な戦略となっているのが特徴である。
新成長戦略は,成長の3つの柱として,「インフラ整備」,「労働者のスキル向上」,「イノベーション」,そして成長の3つのプライオリティとして,「英国全体のLevel up」,「Net Zeroへの移行支援」,「Global Britain支援」を掲げる。
まず成長の3つの柱であるが,「インフラ整備」については,ブロードバンド,鉄道,道路,都市等の分野に2021年度1000億ポンド,今後5年間で6000億ポンドの大規模な公共投資を実施する。また,インフラ整備を民間と協力して実施するためにUK infrastructure bankを設立する。次に,英国の労働生産性上昇に対する寄与率が2割に達する「労働者のスキル向上」については,高度技術のトレーニング強化,生涯学習のための無料コース創設等が謳われている。「イノベーション」は,新しいアイデア,製品,プロセスの創出,適用,そして経済全体への普及により成長のドライビングフォースとなるが,ライフサイエンス(ゲノミクス,デジタルヘルス),デジタル(AI,サイバーセキュリティ,量子コンピュータ,デジタルツイン),クリーンエネルギー(洋上風力,CCUS,水素),フィンテック,等を重点分野として取り組む。2021年度に政府が146億ポンドのR & D投資を実施,また,①年金による高成長企業への投資規制の見直し,②公的資金3.75億ポンド規模のFuture Fund新設,③最も革新的なビジネスをスケールアップするためBreakthrough Productの支援,④世界中からべストアンドブライテストの高技能労働者の勧誘,等を推進する。
次に成長の3つのプライオリティだが,繁栄から取り残された国民,地域の底上げによる格差縮小を目指す「Level up」については,都市間格差縮小のために,「インフラ整備」のH2建設,都市間交通整備,Motorways建設を活用,また,71億ポンドのNational Home Building Fundを設立し,今後4年間で87万戸の住宅を建設する。また,英国全土で,税控除と通関手続きの簡素化やその他の政府支援を与える11のフリーポートも建設する。「Net Zeroへの移行支援」では,2020年11月に発表されたTen Point Plan for a Green Industrial Revolution の着実な実行を目指す。同計画は,政府による低炭素水素,洋上風力,CCUS,EV,建築,原子力等の分野への120億ポンドの投資を通じて2030年までに360億ポンドの民間投資を誘発し,25万人の高技能なグリーンジョブを創出する。「Global Britain支援」については,①英国の貿易のFTAカバー率を2022年末までに80%とすることを目指す,②インド・太平洋地域の重要性に鑑み,米国,オーストラリア,ニュージーランドとのFTA締結,CPTPPへの参加を目指す,③有力エマージング諸国である中国,インド,ブラジルとの貿易,投資,金融関係の強化を目指す,等を掲げる。
本戦略について積極的に評価できる点は,これまで,Global Britain,産業戦略,保守党マニフェスト,Ten Point Plan for a Green Industrial Revolution ,国家インフラ戦略等の形で,対象分野毎にばらばらと発表されてきた個別戦略を体系的に統合した点である。
一方,今後の課題もいくつか挙げられる。第一に,従来の成長戦略である「産業戦略」に比べると,個別産業への踏み込みが弱い点である。「産業戦略」ではライフサイエンス,AI,自動車,グリーン等注力産業についての成長戦略を定めたセクター・ディールを策定したが,新戦略はマクロのR & D投資の目標やファンドの創設はあるが,個別産業にまで落とし込んだきめ細かさに欠ける。第二に,実行のスピードである。気候中立を目指す気候変動対策は,昨年来のTen Point Plan for a Green Industrial Revolution,エネルギー白書発表で大枠が固まったのは事実だが,現時点では中心となるべき水素戦略やCCUSにおける補助金やビジネスモデルの詳細な発表が十分に進んでいるとは言い難い。第三に直接投資の受け入れ強化と海外展開戦略間の連携である。英国の成長にとって対内直接投資の寄与は大きく,積極的呼び込みは成長戦略の要であるといっても過言ではない。一方,人口,名目GDP共日本の半分程度に過ぎない英国への投資は,内需狙いは少なく,①EUへのゲートウエイとして位置づける,②前述の比較優位産業における英国の高度人材や,最先端のテクノロジー,高度なビジネスモデルを獲得・活用し,その海外展開を狙う,との特徴がある。Brexitにより①が弱まる中,②の強化が必要であるが,新成長戦略では,直接投資の受け入れと海外展開戦略がそれぞれ別個に語られ両者のリンケージをあまり感じさせない。
英国は,日本の対外直接投資残高の1割弱を占め,米国に次ぐ第二の主要投資先である。英国が,その特徴であるプラグマティズムや,Brexitによって獲得した政策の機動性,そして比較的自由な補助金,規制の設定等を生かし,いかに前述した課題に対処しながら成長戦略を遂行し,内外企業が成長機会をいかに取り込もうと動きだしているのか注目が必要である。
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