世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2133
世界経済評論IMPACT No.2133

「パラダイム転換」を進めるバイデン大統領

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2021.04.26

3回も繰り返した「私はパラダイムを変えたい」

 バイデン大統領は3月25日,初の公式記者会見で,記者から再選を目指すのかとの質問にこう答えている。「私は自分の運命を尊重している。目の前にある目標を設定し,勤勉で慎み深い国民を敬愛し,彼らのために働く。(そのために)この国のパラダイムを変えたいのだ」。この時,3回も「パラダイムを変えたい」と繰り返した。この発言から,バイデン大統領は米国政治におけるパラダイムの転換を実現するためにも,再選に強い意欲を示したものと受け止められた。

 バイデン大統領はこの会見の前にも「パラダイム」という言葉を使っている。総額1.9兆ドルの「米国救済計画法」に署名した翌3月12日,ホワイトハウスのローズガーデンで,「(米国救済計画法に盛り込まれた施策に加えて)私が非常に重要だと思うもう一つのことは,この法律が(政策の)パラダイムを変えるということだ。これは長い目でみて初めて働く人々を最優先に考えた法律である」と演説している。3月25日の5日後,大統領はピッツバーグで総額2兆ドル(注1)のインフラ計画(「米国雇用計画法案」)の成立を訴えたが,その演説にもパラダイムを変えるという強い意欲を示している。

 パラダイムという言葉を使って現状変更を訴えた大統領を,筆者は寡聞にして知らない。パラダイム(物の考え方,思考の規範)の転換とは,これまでの通念から離れて,新しい政策に転換することだが,バイデン大統領が考えるパラダイムとは何か,それをどう変えたいのだろうか。大統領の発言からその真意を推察すると,「パラダイムの転換」は次の二つに絞られると思われる。第1は,トリクルダウン政策からミドルクラスを最優先する経済政策への転換,第2は,問題を解決できるのは連邦政府でしかないと再認識し,政府を小さくするのではなく,逆に予算も機能も拡大し,大きな政府に転換することである。以下,この2点についてみてみよう。

トリクルダウンではなくボトムアップ

 第1の,富める者が富めば,その富は貧しい者にもこぼれ落ち,経済全体がよくなるというトリクルダウン理論は,レーガン減税からトランプ減税まで共和党の減税政策の底流をなす政策である。民主党政権でも,クリントン政権で初代国家経済会議議長および財務長官を務めたロバート・ルービン,その後任となり,オバマ政権では国家経済会議議長に就任したローレンス・サマーズもこの系譜に続くとされる。バイデン政権の財務長官選びでは,リベラル派からサマーズ指名に反対が起こったが,これにはそうした背景があったようだ。

 しかし,バイデン大統領は明確に彼らと距離を置く。上述のピッツバーグ演説では,米国経済の復興はトリプルダウンではなく,ボトムアップ,つまりミドルクラスを豊かにすることから始めなければならない(from the bottom up, and from the middle out)と主張した(注2)。バイデン大統領はインフラ整備の財源を富者と法人に対する増税に求め,年収40万ドル未満の所得者には増税しないと明言している。米国救済計画法で所得制限付きの現金支給や失業給付の増額を実施したのも,ミドルクラス重視の考え方(middle-out economics)に基づいている(注3)。

 第2の「大きな政府」への政策転換は,レーガン政権以降続いてきた「小さな政府」からの大転換である。いまから40年前,共和党のレーガン大統領は就任演説で「政府はわれわれの問題を解決しない。政府こそ問題だ」と述べた。その15年後,今度は民主党のクリントン大統領が最初の一般教書演説で「大きな政府の時代は終わった」と宣言した。しかし,パンデミックとパンデミックによる不況を前にして,問題を解決できるのは連邦政府しかないとの信念をもつバイデン政権の対応は迅速だった。バイデン大統領は「大統領に就任する前の昨年12月8日,私は大統領就任100日目までに1億回のワクチン接種を終わらせたいと考えていたが,就任58日目にその目的を達成した。このため,100日目の目標を2億回に引き上げる」と述べ(3月25日の記者会見),いま1日当たり300万回の接種を進めている。

 米国救済計画法の成立に続き,米国雇用計画法案を7月初旬までに成立させ,さらに米国家族支援計画法案も議会に提案する。米国の長期構造問題を解決し,中国との競争に勝つことできるのは連邦政府しかないというバイデン大統領の強い信念が,その背景にある。1.9億ドルの救済計画法では,共和党だけではなく民主党からも予算規模の縮小が求められ,サマーズ前財務長官はインフレの発生を懸念し,計画の圧縮を求めた。しかし,こうした要請に応じなかったのは,オバマ政権が実施した2009年2月の不況対策が小さすぎたという反省もあったが,対策は大きすぎるくらいがよいという,高圧経済論者イエレン財務長官の支持も大きく働いた。バイデン大統領は中道派だが,いまや経済問題ではクリントン,オバマ両大統領以上にリベラル色を強くしている。

 ピュー世論調査によれば,国民の支持率は,救済計画法が67%(共和党低所得層は55%),ワクチン接種は72%(共和党支持者は55%),バイデン政権の仕事ぶりは59%が支持,不支持が39%(4月5~11日実施)。ナビゲーター・リサーチによる支持率は道路,橋梁改修88%,水道の鉛管除去83%,学校近代化76%,ブロードバンド強化76%など,雇用計画法案に対する支持も非常に高い(4月8~12日実施)。国民の支持を得て,共和党の支持があろうがなかろうが,やるべきことはやるというバイデン大統領の意欲は揺るぎないようだ。

[注]
  • (1)報道によって予算額に差があるが,例えば3月31日付のニューヨーク・タイムズが報じた項目別予算額の総計を算出すると2兆2,880億ドルとなる。
  • (2)バイデン大統領は3月12日の演説で,トリクルダウン政策が転換されるのはジョンソン政権あるいはそれ以前からみて,初めてのことだと述べている。
  • (3)Middle-out economics は2011年11月出版の The Gardens of Democracy: A New American Story of Citizenship, the Economy, and the Role of Government に詳しい(著者はEric Liu と Nick Hanauer). この本の主張は当時のオバマ政権では注目されなかったが,この主張に賛同するアメリカ進歩センター(CAP)の首席エコノミスト Heather Boushey はバイデン大統領の指名が上院に承認され,現在経済諮問委員会(CEA)の委員に就任している。なお,上記共著者の Hanauer は「バイデン政権はわが人生で新自由主義政策は誤りだとした初めての大統領だ」と述べている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2133.html)

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