世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2108
世界経済評論IMPACT No.2108

英国が2030年を睨み「競争的時代におけるグローバルブリテン」発表

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2021.04.05

 英国政府が,2030年を睨んだ外交・安全保障政策の指針となる「統合レビュー」(The Integrated Review of Security, Defence, Development and Foreign Policy-Global Britain in a competitive age-)を発表した。2015年の前回発表以来6年が経過しており,この間の,①中国のパワーの拡大と,独善的かつ高圧的姿勢の高まり,②第二次世界大戦後の,法と多国間主義に基づく開かれた国際秩序への中露等一部の国による挑戦,③地政学的,そして経済的重心のインド・太平洋地域への移動の加速,④48年間加盟したEUからの英国の離脱,⑤リアルとサイバー両面でのテロの脅威の高まり,等の環境変化を反映し,冷戦終結以降で最も抜本的な英国の外交・安全保障政策の見直しとなる。

 統合レビューの内容は,①インド・太平洋地域への経済・外交・安全保障面での包括的関与の強化,②中国を,英国の経済的利益や安全保障に最も重大な脅威を与える権威主義国家であり「体制的競争相手」(Systemic Competitor)と認識するが,貿易・投資面では重要であり,気候変動問題等価値観と利害が一致する場合は協力を進める,③米国は最も重要な戦略的同盟国であり,「特別な関係」の維持に努める,④英国の「欧州国家」としてのアイデンティティ-と,ロシアを安全保障上の脅威とするNATOへの揺ぎ無きコミットメントの確認,⑤核抑止力の強化(核弾頭の保有数上限を現在の180から260へ引き上げ),⑥テロリストと敵対国家によるテロへ阻止を目的とした「対テロ作戦センター」や,テロリストや敵対国家に対しサイバー攻撃を実施する「国家サイバー部隊」の新設,等非常に多岐にわたるが,核心は,①,②であり,既に着々と実行に移されている。

 英国は,日本を安全保障面を含む最も緊密な戦略的パートナーのひとつと位置付け,さらなる関係深化を謳うと共に,4月にはBrexit後初の外遊先としてコモンウエルスの中心国インドを選択した。2月にCPTPPに加盟申請を行うと同時に,ASEANのダイアログパートナーとなることを目指している。安全保障面では,4月のインド訪問時にはQUADへの参加検討の可能性がとりざたされており,2021年中に最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群を東アジアに派遣,日本の自衛隊及び米軍と共同訓練が計画されている。また,ウイグル族の拘束や強制労働等が深刻な人権侵害にあたるとして,3/22に米EU加と足並みを揃え対中制裁に踏み切った。

 同統合レビューは,インド・太平洋地域へのリバランスを中心に,環境変化に対する的確な対応を示しているとして同盟国やコモンウエルス諸国からも総じて積極的な評価を受けているが,実行にあたって以下の様な課題も指摘されている。

 第一に,資源制約の問題である。英国は卓越したネットワーク力や諜報力に加え,言語,マスメディア等のソフトパワーを持つが,一方で名目GDPは2.8兆ドルと日本の半分強に過ぎないミドルパワーであることも事実だ。安全保障面においてインド・太平洋地域の航行の自由確保等で一定のプレゼンスを示すだろうが,七つの海を支配したかつての大英帝国の様な役割を期待すべきではなく,展開力の限界を認識すべきというものだ。

 第二に,EUとの関係再構築の必要性である。英国はBrexit後もEUと価値観と国際社会における目的を相当程度共有するが,現在両国は英本土と北アイルランド間の食品等物流への規制導入緩和措置の延長を巡り激しく対立,EUは英国が国際協定たる「離脱協定」に違反しているとして法的措置に着手している。英国が自らを「欧州国家」と定義することに表れる通り,英国のパワーはEUとの連携に多くを依存しており,英国はBrexitの成果を強調したいがためにEUとの関係をないがしろにすべきではない。

 第三に,「政経分離」の対中戦略の現実性である。中国を,体制的競争相手と定義も,貿易・投資面では重要な存在で,気候変動問題等では協力を進める,と比較的柔軟な政策展開を狙う。しかし,前述したウイグル問題をめぐる英国の対中制裁に対し,中国は報復として,英国の9個人(含ダンカン・スミス元保守党党首等5人の議員),4組織への対抗措置を発表した。これによって保守党の対中姿勢は大幅に硬化しており,ジョンソン政権によるプラグマティックな「政経分離」政策の遂行は短期的のみならず中長期的にも困難なものとなる恐れがある。

 インド・太平洋地域への経済・外交・安全保障面でのリバランスという英国の新戦略は,日本に大きな恩恵をもたらすゲームチェンジャーであり,同戦略の成功のカギは日本との連携強化にあると当地欧州のマスメディアでも日本の役割は積極的に評価されている。日本企業にとっても,グローバルブリテンによる積極的FTA戦略を活用し,フィンテック,グリーンテクノロジー,AI等英国の比較優位産業のインド・太平洋地域への展開を英国企業と連携して推進する等,大きなチャンスの到来と捉えられ,アジリティを持った柔軟な企業戦略が求められよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2108.html)

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