世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界の車載半導体不足:日米独が台湾の増産を緊急要請
(九州産業大学 名誉教授)
2021.02.15
ドイツ・連邦経済エネルギー大臣のペーター・アルトマイヤー(Peter Altmaier)から台湾・経済部長(経済大臣)の王美花と行政院副院長(副総理)の沈栄津への書簡をドイツ在台代表(大使に相当)のトーマス・プリンツ(Thomas Prinz)が提出した。その内容は,車載半導体の深刻な不足であり,このままではドイツの「経済の命脈」にあたる自動車産業の回復に悪い影響を及ぼす懸念がある。そこで,台湾政府がTSMC(台湾積体電路製造)などに半導体を増産させ,ドイツ系自動車企業に優先的に提供するように要請した。
アメリカ自動車産業の代表が台湾駐米代表(大使に相当)の蕭美琴を訪ね,米台の友好関係に基づいて,台湾の半導体製造企業が車載半導体を,フォード・モーター(Ford),ゼネラルモーターズ(GM)およびクライスラー等の米系自動車企業に優先的に提供するように要請した。
続いて,国務次官補代理のマット・マレー(Matt Murray)と商務次官補代理代行のリチャード・ステフェンス(Richard Steffens)は,同・経済部長の王美花に,台湾の半導体製造企業から優先的に車載半導体を提供するように要請した。2月5日にマレー,ステフェンス,王部長とTSMC,聯華電子(UMC),力晶積成電子製造(PSMC=パワーチップ)などのファウンドリー(半導体受託)企業の幹部とバイデン政権初の米台サプライチェーン産業協力会議のバーチャル会合を開催し,車載半導体の米系企業への優先提供を要請した。
また,日本・経済産業大臣の梶山弘志も台湾当局に協力してもらい車載半導体を日系企業に優先的に提供するように要請した。
ドイツのフォルクスワーゲン(VW),三菱自動車などの関係者が総統府資政(顧問)の林信義を訪ね,TSMCから車載半導体を優先的に自社に提供するように要請した。
要するに,車載半導体の不足によって,単なる企業対企業のビジネス関係から国対国の政府高官の出馬要請段階に,展開するようになった。
トヨタ生産方式の“落とし穴”と車載半導体の不足
なぜ,車載半導体が激しく不足したのか? これは古くからの課題である。ドイツの自動車企業はBMWを除いて,他の企業は部品企業から調達し,在庫を持たない「トヨタ生産方式(TPS)」を実施してきたからである。コロナ禍で自動車の需要が減少すると予測され,多くの部品を調達せずに放置され,半導体の不足に気付いたときには既に間に合わなく,多くの国での自動車製造工場の操業停止に陥った。
事実上,2019年の世界の自動車の販売台数は対前年比で8.1%の衰退,2020年上半年はコロナ禍の影響で27.7%の衰退があった。自動車市場の不振で部品の発注を躊躇し,いったん発注の時期に,半導体の需要がパソコン,スマートフォン,5G基地台,データーセンターの構築などに吸収された。
具体的にメルセデス・ベンツは,安全ベルトの着用センサーの車載半導体の不足で,自動車が生産ラインでストップ状態になり,出荷ができなく,操業不能の状態である。その他の世界各国の自動車製造企業も同じく車載半導体の不足でてんやわんやの状態である。
同じことは過去の日本でも発生した。2011年3月11日に発生した東日本大震災に,トヨタ自動車などの生産が停止した。その主な理由は約660社の協力企業が震災の影響を受け,部品の在庫がなくなったからである。平時中に,在庫分がないため,トヨタ生産方式はコストダウンに大変有効のビジネスの方策であるが,有事時(東日本大震災やコロナ禍)に,部品や車載半導体の不足によってトヨタ生産方式の“落とし穴”に陥ったことになる。
半導体製造企業の生産ライン100%満載
コロナ禍でのリモートワークによる在宅勤務で,パソコンとゲーム機器の需要の大幅な増加し,5Gの普及による5G対応のスマートフォンや基地台の需要の大幅な増加し,半導体製造企業の生産は24時間のフル回転の生産ライン100%満載の様相である。
最先端のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)に搭載され線幅5nm(ナノメートル)プロセスのICは,世界ではTSMCとサムスンの2社しか製造することができない。パソコン搭載のCPU(中央演算処理装置)の王者であるインテルが製造できるのは線幅10nmレベルの半導体であり,少なくても1世代ぐらい遅れている。
アップルのiPhone12に搭載したA14のICチップと華為(ファーウェイ)の「Ment40」に搭載したKirin9000のICチップは,TSMC製造の5nmのSoC(System on a Chip=システムLSI)を使用している。ところが,華為はトランプ政権からブラックリストに指定され,2020年9月15日以降,TSMCは華為に半導体を供給することができなくなった。華為が採用した方策は,9月14日以前に約億台単位規模のKirin9000をTSMCに大量生産を依頼し,今後の1~2年分の在庫分確保の方策を実施した。
また,アップルの最新先端パソコンMac Book搭載のM-1チップは,アップルが設計し,ARMのプラットフォームを採用し,TSMCが製造した5nm のSoCである。過去において,アップルはインテルのCPUを調達したが,この最新鋭Mac Bookから自社設計,TSMC製造のチップに転換したのである。これも半導体製造企業の生産ラインは100%の満杯の状態の原因の1つである。
数日前にTSMCから発表された昨年の売上高比率によると,スマートフォン用ICの46%が最高で,HPC用ICの37%,IoT用ICの9%,消費性電子用ICの3%と車載用ICの2%である。車載用ICの比率が最も少ない。スマートフォン用ICやHPC用ICは5~7nmの半導体を採用しているため,利益率が高いが,車載用ICの場合,下記にも示されているように線幅が大きく(先進運転支援システムと次世代車載情報通信システムの場合,5~7nmを使用するが,2022年の「レベル4 EV」に移行してからそのステップに入る),単価が高くなく,全体的に利益率が少ない。
前に述べた,華為による大量注文とパソコン,ゲーム機,スマートフォン,5G基地台などを加えて,半導体企業の生産ラインは満載の様相である。
近年,マイクロソフト,GoogleやAmazonなど各社が台湾でデーターセンターやクラウドセンターを設置することを発表し,そのセンターのサーバーなどに搭載される半導体の需要も大幅に増加するようになった。また,GPU(グラフィックス プロセッシング ユニット)領域の世界トップのNvidia(エヌビディア)は台湾で物流センター,シスコは台湾北部の林口で「シスコソフト開発運営センター」を開設する。台湾では既に世界のハイテク産業のクラスターが形成している。
車載半導体における少量多種の複雑性
車載半導体の場合,大まかで以下の7つのシステムに分けられる。
- (1)先進運転支援システム(Advanced Driver Assistance Systems; ADAS):7nmと5nmチップ使用
- (2)次世代車載情報通信システム(In-Vehicle Infotainment system,IVIS):7nmと5nmチップ使用
- (3)光による検知と測距(Light Detection and Ranging; LiDAR):16 nmチップ使用
- (4)フラッシュメモリ:28 nmチップ使用
- (5)CMOSイメージセンサ(CMOS Image Sensor :CIS):28 nmチップ使用
- (6)車載ミリ波レーダー・センサ(mm Wave Radar):28nmチップ使用
- (7)車載用マイクロコントローラ(MCV):40nmチップ使用
車載半導体は7つのシステムに分けられるが,問題の一つに車載半導体は非常に複雑である。少なくても40種類以上のチップ,高級車種の場合は150種類以上になる。また,電動自動車(EV)や無人運転自動車の場合,さらに種類が多い(150~180種類)。
問題の一つにスマートフォンのICチップから車載半導体の製造に変更する場合,生産の流れの調整に少なくても3~4カ月から6カ月が必要である。なぜならば,スマートフォンの場合,必要するICチップは15億台分で,車載半導体は8000万台分で,少量多種(40~180種類)で,スマートフォン用ICから車載半導体への転換は調整の問題に直面するからである。
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