世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2031
世界経済評論IMPACT No.2031

若者が抱く飽食時代の食料不安

茂木 創

(拓殖大学国際学部 教授)

2021.01.25

 新型コロナウイルス感染症の拡大によって,一時的に食料輸出を禁止した国や地域があったことから,食料自給率に関する関心も高まっている。低下するカロリーベースの食料自給率は,前年比で1%増えたものの,38%(2020年)にとどまった。

 2020年11月,日本財団は17歳から19歳の男女(以下「若者」)各500人に行った食料自給率に関するアンケート調査(「18歳意識調査」第31回テーマ:新しい食について」)の結果を公表した。それによれば,若者たちの59.8%が「38%の食料自給率を問題だ」ととらえており,その理由として「食料不足となったときに対処できない」(77.9%)「国際情勢の変化で物流がストップする可能性がある」(47.8%)といった食料安全保障上の危機感をあげている。彼らは食料自給率が低い理由として,農家が減少していることや,安価な外国産に依存しすぎていること,近年の異常気象などもあげており,関心の高さが窺える結果となった。

 「食」は生命に直結する問題であり,身近なテーマの一つである。新型コロナウイルスが世界的に拡大する中で「命」と向き合う機会が増え,一部の国が早々に食料の輸出を規制したこともあって,若者の食への不安に拍車がかかっている。

 とはいえ,若者たちが食に対して関心以上の「不安」を持つことを,私は憂慮する。確かに,農業の振興は極めて重要である。その点に異論をはさむ余地はない。しかし,農家が増えれば食料自給率が改善されると考えるのは,いささか早計であろう。食料自給率が低いことを深刻な問題というのであれば,自給率が何%になれば私たちはこの不安から解放されるのだろう。自給率100%ならば私たちは安心できるのだろうか。この辺はしっかり考えておく必要があろう。

 自給率100%というと,皆さんはどういうイメージを持たれるだろうか。自分の国で作ったものだけを食べている,鎖国をしているような状況を考えはしないだろうか。ところが,食料自給率は国内で生産された分を国内で消費した分で割って求めるために,理論上は貿易をしていても(もちろん鎖国をしていても)食料自給率は100%になる。輸入されるカロリーと輸出されるカロリーが同じならば,自給率は100%のままだからだ。当然,自給率は100%以上になることもあり得る。輸出が多い国では100%を超えてしまうのである。こうなると,「100%がいちばんよい」というわけではないことに気付くだろう。

 2020年3月に発表された「食料・農業・農村基本計画」(以下「基本計画」)では,2030年にカロリーベースの食料自給率を45%にするという目標が実現可能な数値として掲げられた。しかし,45%という数値は,最初の「基本計画」が策定された2000年から今回に至るまでほぼ変わっていない(「基本計画」はほぼ5年に1度改訂されるが,2015年の「基本計画」の50%以外はすべて45%である)。この間,目標の自給率は未達であるばかりか,緩やかな減少傾向にある。多くの政策が打ち出され,自給率の改善のために多くの時間と費用が投入された。にもかかわらずなぜ実現できないのだろう。

 様々な理由があるだろう。この小論でそれらを言い尽くすことはできないが,私は,「今の生活環境を維持して食料自給率を上げること自体に無理がある」と考えている。食料自給率をあげることは生活環境を変えることでもある。その結果待ち受けている社会は,もしかしたら,現在安価に食べられているものが食べられなくなる社会かもしれない。私たちはその社会を望み,結果としてその社会を受け入れることができるのだろうか。自給率の低下と引き換えに,われわれはこの社会の利便性を得てきたのである。

 学校帰りに友人と食べるファストフード。

 ブームになったタピオカやバナナジュース。

 これらを国産ですべて代替することは不可能である。私たちの生活はすでに輸入品に囲まれ,この環境下で新しい文化が生まれている。

 1960年代の自給率と今日の自給率を比較し,その低下を嘆くことにどれだけの意味があるのだろう。60年代は確かに自給率も高かった。しかし,生活環境はいまと全く異なっていた。マクドナルドが銀座に1号店を出したのは1971年のことだ。それ以前の若者が輸入されたポテトのフライを片手に,友人と談笑することはなかった。異なる世界の数値を,同じ視点で評価するのは危険である。

 とはいえ,アンケート結果となって表れた若者たちの声を聞けば,自給率の低下によって得られた今の便利な社会に対して,若者は漠然とした将来の不安を感じているのだろう。政府は,これまでのカロリーベース自給率とは別に,輸入飼料分の自給率を控除しない新たな「食料国産率」を発表した。カロリーベースの食料国産率は46%(2018年)となり,38%に比べると若干高くなる。とはいえ,若者の不安がすぐに一掃されるというわけにはいくまい。大人の一人として,若者たちに「飯の心配はするな」,そういえるような社会を作りたいものである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2031.html)

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