世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
外部リスクはブラック・スワンか灰色のサイか
(拓殖大学国際学部 教授)
2020.03.16
2020年2月26日,モンゴル政府は新型コロナウイルス感染症対策として,過去14日以内に日本,韓国,イタリアに滞在歴のある外国人の入国を当面の間禁止し,ビザの申請・発給も停止すると発表した。
モンゴル政府の新型コロナウイルスへの対応は,極めて迅速である。2月14日にはすでに中国との国境ポイント(陸・空)からの出入国が禁止され,22日からは中国および台湾に滞在,通過歴のある外国人の入国禁止やビザ申請・発給の停止と,矢継ぎ早に対策が打ち出されている。
私は,モンゴルへの入国が禁止となる直前,MIATモンゴル航空(直行便)でモンゴルに渡ったが,到着するや否や防護服に包まれた検疫官が機内まで入ってきて問診票と体温チェックする厳戒態勢ぶりに,乗客一同驚かされた。まだ感染者がいないウランバートル市内でも,市民全員がマスクを着用していた。「新型コロナウイルスに対する認識不足」との誹りは免れないが,四方を海に囲まれて暮らす我々と,陸続きで国境を接するモンゴルとでは,外部リスクに対するスタンスが根底から違うという現実を,今回の渡航で再認識させられることとなった。
確かに,モンゴルの首都ウランバートルは,隣国ロシアとの国境まで350㎞ほどしか離れていない。これは東京・名古屋間にほぼ等しい距離である。もう一つの隣国,中国との国境までは660㎞しかなく,近年は中国の一帯一路構想によってインフラ開発も進み,中国とモンゴルのモノやヒトの移動は年々増加している。しかも,そのウランバートルには,モンゴルの全人口の約半数に相当する145万人が集中している。隣国との距離が近く,人口が集中している首都で,もし感染が拡大すれば,それは国家の存亡に直結してしまう。それゆえ,モンゴルは,首都をいかに外部リスクから守るかということに腐心せざるを得ないのである。ヒトやモノがモンゴルにもたらすプラスの影響は計り知れないが,グローバル化に伴う光(ベネフィット)が強ければ強いほど,影(リスク)も濃くなることを,大国に挟まれたモンゴルは肌感覚として理解しているのである。
外部リスクへのスタンスは,その国の歴史や地理的条件,国民性など,様々な要素によって異なってくる。しかしながら,外部リスクに対して,それを「予測不可能なもの」ととらえるか,「予測はできないが,それは確実にあるもの」としてとらえるか,その違いは大きい。
国際金融危機が世界を覆った時,ブラック・スワン(黒い白鳥)という言葉が流行したのは記憶に新しい。ブラック・スワンという言葉は,1697年にオーストラリアで黒い白鳥が発見されたことによって,それまで「白鳥は白い」と誰もが思っていた通念を破壊したことに由来している。これまでの常識ではありえないことがおこると,社会に予測できない強い衝撃を与えてしまうことがある。国際金融危機に関しても,『危機の発生は誰もが予測できなかった。まさにブラック・スワンの発見と同じである。誰にも予想できなかったし,これまでの考え方は通用しない。だから世界をひっくり返すほどの衝撃を与えたのだ』というわけである。
ブラック・スワン―。これまでの常識では想定していない異常事態が,社会に大きな衝撃を与えてしまう現象である。確かに,その意味では,東日本大震災という「未曾有の事態」も,一面を見ればブラック・スワンといえるかもしれない。実際,今回の新型コロナウイルスの世界的な拡大も,ブラック・スワンとして理解しようとする向きもある。
しかし,これに対して,灰色のサイ(グレー・リノ)という概念が近年注目されている。サイという動物の色は,一般に灰色である。灰色のサイは,むしろありふれたサイといえる。外部リスクは灰色のサイのように,普段は特段目を引く現象ではないものの,ひとたびそれ(サイ)が問題化すると(暴れ出すと),手が付けられない甚大な被害をもたらしてしまうというのである。ブラック・スワンが,起こる確率の低いリスクというならば,灰色のサイは,私たちが認識できるものの,それはまだ我々には直接影響を与えはしないだろうと,勝手に解釈し(ないし錯覚を与え)ているリスクである。
ブラック・スワンも灰色のサイも,現在は主に金融の世界で使われている言葉ではあるが,リスクに対するスタンスの違いをいい得て妙である。外部リスクをブラック・スワンとみるか,灰色のサイとみるか。新型コロナウイルスは突発的に発生・拡大したとはいえ,モンゴル政府の対応を見ると,灰色のサイの隣で生活しているモンゴルの緊張感が伝わってくるのである。気が付いたとき,サイは海を渡り,私たちの目の前にいるかもしれない。
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