世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2025
世界経済評論IMPACT No.2025

バイデンに融和は出来るのか:内外で待ち受ける「制度」をめぐる戦い

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.01.25

内外での融和という課題

 暴徒による連邦議会の占拠という未曽有の事件を経て,ついにバイデン政権がスタートした。就任演説をみると,その大半が分断された国内の融和・結束に割かれた印象である。俯瞰してみれば,新政権の最重要課題は,内外での融和ということになるだろう。「内」では,保守・リベラルに分断された国民の融和,「外」では,トランプ政権下で関係の悪化した国際組織や一部同盟国との融和である。

 約50年にわたる政治生活におけるバイデンの特長が,まさに超党派の合意作りであったことや,分断の煽りを政治的な武器としてきたトランプ政権の後であることから,主要メディアや識者のバイデンに寄せる期待は大きい。だが,米国の内外環境はこれまでになく厳しく,バイデンの就任演説内容からは,融和の困難さをひしひしと感じさせる悲壮感すら漂っている。

 本稿では,融和を妨げる問題として,「制度」を巡る状況に着目して概観してみたい。

「内」:制度への強烈な不信感

 まず「内」については,米国が築き上げてきた諸制度への,保守・リベラル双方からの強烈な不信感が問題となる。リベラル派でいえば,警察・司法制度への不信がある。ここ数年でいくつもの事件が起き,BLM運動が拡がり,”Defund the police”というスローガンが叫ばれて,ついにシアトルでは警察を追い出しての自治区の結成(と失敗)まで見られた。制度への不信感は,リベラル派内の急進左派グループに勢いをつけ,先鋭化していった。

 保守派の制度不信は,大統領選挙をめぐる不正の有無で頂点に達した。議会占拠事件後の世論調査においても,共和党支持者の多数が大統領選挙の結果は不正であるとみなしており,つまりは,選挙運営には大きな不正があり,その不正をめぐる裁判の結果も認めてはいないということになる。

 保守・リベラル双方が相手(の政策)を激しく否定するところまでは,もはや米国では見慣れた光景であり,諸制度への不信も珍しいことではなくなった。しかしここ1~2年で,制度への不信は国民の間により広く深く浸透し,ついには米国政治の根幹たる大統領選挙制度,治安維持の前面に立つ警察制度,正義を体現する司法制度にまで,不信任のレッドカードを突き付けるところまで来たと言えるのではないか。

 先進国を先進国たらしめているものとして,その重要要件の1つに,法制度が整っていることが挙げられる。「整っている」というのは,法制度が条文上,大きな瑕疵なく作られているのみならず,そうした制度が適切に運営され,かつ国民に信頼されているというところまでを含む。それで初めて,国民は各種取引(経済取引に限らず)を安心・安定して執り行うことが出来る。先進国に暮らしていれば当たり前のものとして享受しがちではあるが,この「安心・安定」は決して容易に達成できるものではなく,先人の試行錯誤の繰り返しの末に獲得された貴重なインフラである。

 しかし,もしこうした制度を信頼することが出来ないのであれば,「安心・安定」は失われる。保守・リベラル双方において制度不信がこれまでになく深まっている,その真っ只中で,バイデン政権は船出する。となれば,国民の融和・結束への努力を始めるその前提として,まずは,制度不信を少しでも改善するための方策を講じることが必要ではないか。自分たち(のグループ)が米国の法制度下において公平・公正に取り扱われているとの認識が無ければ,バイデンが就任演説で語り掛けたような,相手の立場に立って考え,同意できない点は相違としてそのままに,ともに国家の繁栄を目指すといった,融和・結束実現への経路には入れないだろう。

「外」:融和が譲歩になる恐れ

 「外」については,トランプ政権時代,国際機関・協定ではWTOへの破壊的・逸脱的行為,パリ協定離脱,WHO離脱通知など,また対同盟国外交でも米欧関係においてギクシャクした動きが目立った。

 いずれに関しても,トランプ政権の強引さが注目されたが,なぜそうした手段に出たのかを考えてみれば,一つには,国際的な制度と現実の乖離があるのではないか。もともと,そうした制度は米国が主導して構築したものが多く,従って当然,策定当初は米国もメリットを得られ,あるいは少なくとも許容できるものであった。しかし現実の世界経済/政治情勢は日々変化しており,半面,一度出来上がってしまった制度を米国が不利にならないようにアップデイトしていくのは難しく,結果として,制度から得られる米国の利益が目減りしていく。米国からみれば,これは「制度疲労」と言えるかもしれない。

 たとえばWTOであれば,制度上,意思決定が全会一致であることの限界がはっきりしてきている。かつて世界の貿易制度運営が,先進国を中心とする少数の国々で事実上内容を決め,後の国々はそれを追認するといったやり方で行われていた時代であれば,全会一致方式が機能したであろうが,もはやそんな時代ではない。その結果,ドーハラウンドは迷走を繰り返し,ついには従来の方式(注1)では全く前に進まなくなった。また,世界の通商関係が単純な財貿易から,工程間分業,JV,グローバルバリューチェーン,直接投資にサービス貿易と拡大していく中で,WTOのカバー範囲拡大が追い付かない。加えて,WTO上で優遇措置が受けられる途上国の地位の問題,そのほか国有企業の取り扱いなども前に進まない。新たな分野や動きを先導し,そこに比較優位を持つ米国にとっては,こうした諸改革の停滞は大きなマイナスである。

 トランプ政権以前,オバマ政権までは漸進的なWTO改革を目指したものの,全会一致制度の中で十分な結果が出せていたとは到底言い難い。だからこそ,トランプ政権の強硬策に繋がった。これからバイデン政権が,オバマ路線継承と言われるように,従来型の漸進改革方針に戻ったとしても,目覚ましい結果を出すことはなかなかに困難であろう。であれば,「融和」姿勢が,改革の遅延・先送りを容認する事実上の「譲歩」となる恐れもある。

バイデン政権への期待と実現可能性

 このように,バイデン新政権は,「内」では国民の制度不信を打開し,「外」では(米国から見た)制度疲労に立ち向かわなくてはならない。さらには,両者は繋がっている。すなわち,「内」が乱れれば,「外」に割く政治資源が失われる。その結果生じるのは,「外」への関心・コミットの低下か,そうでなければ,「内」の不満を「外」に逸らす攻撃的外交であろう。

 この攻撃的外交とは,なにも軍事面だけを指すわけではない。製造業雇用が構造的に振るわず,コロナ禍で外食のような雇用も失われ,さらには開発・設計や会計など専門職サービス業でもオフショアリングが進んでいくことが予想される中では,バイデン新政権も保護主義的色彩を帯びざるを得ない。バイデン本人が穏健中道路線であるとしても,選挙前に自由貿易に批判的な左派グループと統一政策提案を策定し,議会民主党においても左派勢力が増している現実も忘れてはならない。

 バイデン新政権への期待は非常に大きい。しかし,そのうち実現可能性があるのはどの程度かを考えてみれば,おそらくは,今の期待はあまりに大きすぎるということであろう。

[注]
  • (1)全交渉分野を一括して合意するシングル・アンダーテイキング方式。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2025.html)

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