世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トルコを軸に過熱するシリア内戦
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2021.01.18
今年はアラブの春10周年の節目である。アラブの春最大の悲劇であるシリア内戦も勃発から10年を数えることになった。昨年は一昨年に比べ勢力図が大きく変わることはなかった。その中で比較的大きな動きは,一昨年暮れから昨年3月にかけてのアサド政権勢力によるイドリブ解放作戦である。この昨年でアサド政権勢力は反体制派最後の拠点イドリブ市と目と鼻の先のサラキブを解放し,M4道路を完全に掌握した。これによりアサド政権は国内の主要幹線道路を管理下に置いたことで,南北の交通再開に成功した。サラキブにはロシア軍部隊が進駐したことでトルコも手を出せなくなった。昨年はコロナが猖獗を極めた年であり,内戦どころではないというのも実情であろう。シリア全土では約12000人が感染し,約800人が死亡したと政府は公表している。シリア政府は感染状況を把握できておらず,反体制派支配地ではクラスターが放置されているとも言われる。クルド勢力が支配する北シリアもコロナ禍にあり,現在までに約8千人が感染し約270人が死亡したと当局は発表している。
内戦の政治的解決は。シリア制憲委員会は「会議は踊るされど進まず」どころか,踊ってすらいない状況だ。コロナ感染対策により一時議論すらできない状況に追い込まれたことも大きい。今やシリア領を二分する勢力の一つクルド勢力主体のシリア民主会議がトルコの強硬な反対で参加できていないからである。シリア領の3分の1を支配し,主要な油田,穀倉地帯を掌握するクルド勢力の同意ない合意は何の効力も生じることはありえない。一方,列席するシリア反体制派はトルコの傀儡勢力であり,それ自体としてシリア情勢には何の影響力も持たない。掌握するのは僅かにイドリブ県一帯であり,それもトルコの軍事力でやっと維持できている状況である。
シリアを二分するアサド政権とクルド勢力は対トルコという点では一致する。しかし,アメリカが支援するクルド勢力と完全に手を結ぶことは難しい。クルド勢力はシリア最大の油田を支配下におき,アメリカの石油会社による石油掘削許可の可能性に激しく反発する。シリア国営通信は北シリアにおける反米・反クルドの機運を高めるため頻繁にアラブ系住民によるクルド勢力に対する抗議運動について報じてきた。クルド勢力もまた彼らを支持する部族をメディアに登場させ反アサドのメッセージを発表させている。アサド政権最大のスポンサーであるロシアはクルド勢力をトルコの防波堤となり,結果的にアサド政権を助ける勢力として期待する。クルド勢力にとってもロシアはアメリカを揺さぶるために利用価値のあるプレイヤーである。クルド勢力は一昨年のトルコによる北シリア侵攻の際,ロシアに支援を仰いだことで距離は近くなった。ロシアもまた米軍のシリア駐留と油田管理を受け入れがたいことには変わりないが,中東における自国のプレゼンスを高めるためクルド勢力と関係を維持しアサド政権とのハブであり続けるだろう。
今年もシリア内戦の帰趨を左右するのはトルコの動きであることは間違いない。もはやシリア内戦は,アサド政権対反体制派の戦いではなくなり,トルコとその傘下勢力対反トルコ勢力の戦争と化している。昨年トルコは,シリア問題よりも,リビア内戦,ナゴルノ・カラバフ紛争への介入に忙殺されていた。両者にシリア人がトルコの傭兵として投入され,シリア内戦がトルコを媒介して他の紛争に波及したとして注目を浴びた。トルコのシリア国内における動きだけなく,対外的失敗もシリア情勢に作用するだろう。
米ロはトルコの野望にどう対処するか。アメリカがバイデン政権になり,イスラム国根絶とその背後にいるトルコの拡張主義に対抗するためロシアと部分的に協力していけるかが焦点だ。シリアにおいて米ロ両軍は共通の敵に立ち向かっているにも関わらず,緊張状態にある。ロシア軍が展開する地域とアメリカ軍が展開する地域はこれまで交わることはなかったが,上述の通り一昨年のトルコ軍による北シリア侵攻の際,クルド勢力はトルコの侵攻を止めるためロシア軍の入域を許した。それ以来,アメリカ軍が北シリアでパトロールするロシア軍を止める,また接触し米兵に負傷者が出るといった事件に事欠かない。米ロ両軍とも偶発的衝突を防ぐため,12日両軍参謀総長クラスが電話会談を行った。突如シリアから米軍撤退を発表しトルコの侵攻を招いた独断専行のトランプが去り,専門家の助言に耳を傾けるバイデンが大統領に就任することで,アメリカはシリア問題への関与を再開するだろう。オバマ政権後半の国務長官ジョン・ケリーが推進したロシアとの協調政策に回帰することが,シリア,ひいては中東の安定につながる。
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