世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
資本格差が招く分断
(北星学園大学 名誉教授)
2021.01.18
本稿が掲載される頃,アメリカの大統領選挙の決着はどのような形を取るのであろうか。
2021年1月7日数千人のトランプ支持者が国会議事堂に乱入,死傷者数人を出すという前代未聞の事態が発生した。アメリカメディアが報ずる史上最大の「暗黒の日」である。トランプ氏は選挙による敗戦を認めずQアノンやプライド・ボーイズ等の異常な極右団体などの支持者にツイッターで議事堂前に集まって抗議集会を開くよう強く働きかけた事もこの事態に至った決定的要因であることは誰の目にも明らかである。弾劾訴追や裁判がどのような経過を辿るかは確信を持って説明できるものを持っていないが,アメリカという国柄や特にその民主主義政治の在り方に長年理解してきたものとのあまりの乖離した事態に直面して途方にくれてしまう。そこで幾つかの現象から今のアメリカを理解するための端緒を考察してみたい。
先ず4年前に何故一度も公職についたことのないトランプが政治臭が強く気嫌いする選挙民も多数いたとはいえクリントン候補に勝利したのか。その理由が多く語れる中で筆者はトランプが政治家でなかったからだと考える。つまり,アメリカ人の多くが政治家を信頼するどころか飽き飽きしていたのではないか。政治家が好ましい人間たちばかりではないと国民がいうのは何も今更のことではなく,ギリシャ,ローマの時代から変わらない。特に選挙によって選出するという制度的に民主主義を標榜する国においても,票が欲しい政治家は極端に言えば右であろうが左であろうがその主張者に同意するという一貫性のないポーズを取ることがしばしばある。要するに建前としての政治理念や信条を貫き通すことが失われる場面の多くを見てきた。そうでない政治家はソクラテスのように自害してまでその主張の正当性を示すしか,ないかもしれない。
さてトランプが基本的に特別に政治理念として自らが共鳴しているとも思われない共和党の候補者として登場したのは偶然のことであろう。その時共和党に適正な候補者がいなかっただけである。なぜなら共和党は,アメリカが信じる共和主義の理念,すなわち独裁制を排して民主主義を基調にした公共性の高い社会を創るというギリシャのポリス時代の理念を共有している政党である。1854年の奴隷制廃止を訴えていた勢力が集まって構成した政党であり,初代大統領はエイブラハム・リンカーン,彼は議事堂の横に大彫刻像として今も国民に尊敬されている。トランプはしばしば「アメリカファースト」を訴えたが,彼のアメリカのファーストが何であるかは理解できない。所詮自分ファーストであり,彼を大統領に押し上げた支持者の利益第一主義であって共和主義の信奉者とはとても思えない。彼が信条とするのは唯一キリスト教福音派それも人工中絶や同性婚反対など古い保守派のイデオロギーと結びついているものが多い。それも彼の選挙に利用されただけではなかったか。
さてここからが本題であるが,なお世界一の大国であり,日本にとっては戦後学ぶべきことが最も多かったアメリカの変質は世界に多くの混乱を招いたが,トランプ大統領の登場こそが原因だと語られてきた。そしてアメリカの分断だけでなくトランプイズムと同様の分断は全世界に及んできているというのが多くの論調である。特にEUの拡大とそれに対抗するハンガリー等の東側やスペイン,イタリア,ポルトガル等南部側の内紛は国民意識分断の進行によるものだという見方が強い。しかしここでは分断の原因者の一人と言われ,ある意味で一種の悪役を演じたトランプが何故今回の選挙戦で7400万票という史上かつてない多数票を得たのかを世界の共通のテーマとして考えてみる必要がある。
筆者は世界の格差拡大,それも所得格差以上に資本格差が拡大し,それに伴う階級間闘争が激化しつつある結果と考える。アメリカ大統領選挙はそうした分断をある程度集約化して示したものではないかと考える。
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