世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2007
世界経済評論IMPACT No.2007

RCEPの評価:包括的で包摂的なFTA

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2021.01.11

 RCEPは自由化レベルが低くルールが緩いというのが一般的評価である。しかし,RCEPにより高い質を志向しながら新たな分野を含む包括的なFTAが後発開発途上国を含めた東アジアで締結されたことを評価すべきである。経済発展レベルが低い後発開発途上国がレベルの高い自由化と質の高いルールを受け入れることは容易ではない。RCEP参加国の一人当たりGDPは格差が大きく,シンガポールの5万9,590ドル(2019年)に対してカンボジアは1,530ドル,ミャンマーは1,390ドルである。この2カ国とラオス(一人当たりGDP2,530ドル)が後発開発途上国である。後発開発途上国を置き去りにせずに東アジアの経済統合を進めるという「包摂(Inclusiveness)」がRCEPの特徴であり,TPPとの違いである。

 RCEP協定の第1条では,「締約国とくに後発開発途上締約国の発展段階及び経済上のニーズを考慮しつつ,現代的な,包括的な,質の高い,及び互恵的な経済上の連携を構築する」ことを目的として明記している。「現代的」,「質が高い」,「包括的」,「互恵的」という4つの特徴を同時に実現することは難しい。従って,RCEPは,自由化の猶予,例外措置など「特別かつ異なる待遇」といわれる後発開発途上国への配慮を行っている。こうした例外措置などの見直しを行い,自由化レベルを高め,ルールの質を時間をかけて高めることがRCEPの課題である。以下にRCEPの4つの特徴を具体的に説明し改善すべき点をあげてみたい(注1)。

(1)現代的な協定としてのRCEP

 「現代的」とは新たな貿易形態を考慮し,既存のASEAN+1FTAとWTOの対象分野を越える新たな分野に取り組むことを意味している。新たな貿易分野は電子商取引,中小企業,地域のバリューチェーンの深化などが例示されている。電子商取引を含むFTAは,TPPをはじめ中豪FTA,中韓FTAなど珍しくないし,ASEANは電子商取引協定を締結している。RCEPでは,データ・ローカライゼーション(コンピューター関連設備を自国の領域内に設置する)を要求してはならないこととデータ・フリー・フロー(情報の電子的手段による越境移転)を妨げてはならないことが規定されている。中国がFTAでこれら2つの規定を認めたのは初めてである。地域のバリューチェーンの深化については,RCEP参加国の原産材料を使用した場合自国の原産材料とみなす「累積(物の累積)」が規定されている。

(2)包括的な協定としてのRCEP

 「包括的」とは文字通り包括的な広範な分野を対象とすることである。RCEPは,物品の貿易,原産地規則,税関手続きおよび貿易円滑化,衛生植物検疫,任意規格・強制規格および適合性手続き,貿易上の救済,サービス貿易,自然人の一時的な移動,投資,知的財産,電子商取引,競争,中小企業,経済協力および技術協力,紛争解決などを対象分野としており,TPPに含まれていてRCEPで対象となっていないのは,国有企業,環境,労働の3分野である。

(3)質の高い協定としてのRCEP

 「質の高い」とは既存のASEAN+1FTAを上回る規定を意味している。ASEAN+1FTAを上回る規定としては,サービス貿易ではネガティブ・リスト方式が日本など7か国で採用された。ASEAN+1FTAはポジティブ・リスト方式であるが,2020年10月に調印されたASEANサービス貿易協定(ATISA)はネガティブ・リスト方式を採用している。政府調達もASEAN+1FTAでは対象になっておらず,ASEANのFTAでは初めて対象となった。

 投資では既存の中国の既存のFTAを上回る自由化が規定されている。投資自由化の指標といわれる設立前の内国民待遇が中国の参加するFTAで初めて認められた。特定措置の履行要求(パフォーマンス要求)の禁止では,ロイヤリティ規制の禁止,技術移転要求の禁止というWTOのTRIMs協定(貿易に関する投資措置に関する協定)を上回る規定が初めて採用された。中国は第一段階の米中経済貿易合意で技術移転要求の禁止を認めていたが,FTAでは中韓FTAで差別的・不合理な措置のみを禁止した以外認めていなかった。設立前の内国民待遇と強制的な技術移転の禁止は,2020年1月1日から施行された外商投資法で規定されていたが,RCEPによりFTAで初めて認められたことになる。

(4)互恵的な協定としてのRCEP

 「互恵的」とはRCEPが全ての国に利益をもたらすために適当な形態の柔軟性および特別かつ異なる待遇をCLMV(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム)および後発途上国(CLM)に対して適用することを意味している。具体事例は下記の改善すべき課題に示されている。

改善すべき課題

 柔軟性および特別かつ異なる待遇とは,例外および自由化の猶予などの緩やかな規定を意味している。後発開発途上国との格差是正に取り組んできたASEANは,時間をかけて段階的にかつ着実に経済統合を進めてきた。21世紀のFTAに相応しいRCEPに向けて次のような事項を改善すべきであり(注2),ASEANの経験を活かすとともに協定の見直しを行うRCEP合同委員会などでの日本のイニシアティブが期待される。

  • ①物品の貿易の自由化率の向上:物品の貿易の自由化率(関税撤廃率)は91%(品目数ベース)となっている。TPPの自由化率(日本が95%,その他11か国は99%)と比べて低く,ASEAN+1FTAの自由化率と比べても大きく改善したとはいえず,自由化率の向上が課題となる。
  • ②サービス貿易:ポジティブ・リスト方式を採用した8か国(中国,カンボジア,ラオス,ミャンマー,フィリピン,タイ,ベトナム,NZ)は発効後3年以内(CLMは12年以内)にポジティブ・リスト方式に転換する手続きを開始する。
  • ③原産地規則:RCEPが全ての署名国について発効した場合,他のRCEP参加国での生産行為や付加価値を累積の対象に含める(生産行為の累積)ことを検討し協定を見直す義務が規定されている。生産行為の累積はTPPに規定されている。
  • ④投資:ISDS(投資家と国の間の投資紛争解決手続き)は規定されていないが,発効後2年以内に討議を開始する義務が規定されている。ISDSは日本のEPA,ASEANのFTA,中国のFTAを含め多くのFTAに規定されているが,豪州はTPPでは投資機関の投資に関する決定はISDSの対象としないとの条件を付しており,米豪FTA,日豪FTAではISDSの規定を除外するなど慎重である。
  • ⑤電子商取引:TPPで規定されている「ソースコードの開示要求の禁止」は規定されなかった。ソースコードの開示要求の禁止は対話を行い協定発効後の一般的見直しにおいて対話結果について考慮すると規定されている。
  • ⑥政府調達:自国の政府調達をRCEP加盟国企業に開放する市場アクセスを認めることが課題である。TPPではマレーシアとベトナムが初めて政府調達を海外企業に開放した。
[注]
  • (1)これらは網羅的なリストではなく事例である。
  • (2)同上。
[参考文献]
  • 石川幸一・馬田啓一・清水一史編(2019)『東アジアの経済統合と保護主義』文眞堂。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2007.html)

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