世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1981
世界経済評論IMPACT No.1981

日本社会構造の自壊:「日本の自死」

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.12.21

安倍首相の退任

 8月28日の夕方,突然安倍首相が退任した。「国民の負託に自信をもって応じられない状態でなくなった以上,総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断した」と表明した。安倍首相に大変お疲れさまでしたと申し上げる。

 7年8カ月の長期政権で,安倍首相がやると宣言していたことが沢山あった。「日本を取りもどす」,「戦後レジームからの脱却」,「瑞穂の国の資本主義国にする」という旗を振り,「アベノミクス3本の矢」,「アベノミクスの恩恵を津々浦々に」,「デフレからの脱却」,「日本人拉致問題を解決」,「北方領土を取り返す」,「憲法改正」,「賃金の引き上げ」,「フクシマ原発事故の処理:アンダーコントロール」,「指導的地位にいる人の3割を女性に」,「東京オリンピック開催」等の多くの看板を掲げた。しかし残念ながらこれらは殆ど実行されなかった。実行したのは,「アベノミクスの第一の矢」の黒田日銀総裁による「異次元の金融緩和」と「マスク2枚」であった。

 安倍内閣は,多くの場合アメリカに言われて,日本社会をおかしくするような法案を作った。「移民法」,「入国管理法の改定」,「非正規社員制度の促進」,「種子法の改定」,「種苗法の改定」,「農産物の輸入関税の引き下げ」,「大学独立行政法人制度」,「IR法案」等である。これらは日本の国益に反しているものが多い。

 安倍政権では,森友学園問題,加計学園問題,桜を見る会問題,検事長定年延長問題などで国会が紛糾した。日本の子供は国会のやり取りを見て,「大人は嘘ばかりついて,そしてそれを言い逃ればかりしている」と感じている。「誰も責任を取ろうとしない。政治に何を言っても無駄なんだ」と言っている。

 しかし日本には,こうした問題よりもっと深刻な問題がある。この40年ぐらいの間に,日本社会構造:精神構造,社会構造,経済構造が破壊されてしまったことである。アメリカは太平洋戦争で日本社会を徹底的に破壊したが,しかしその終戦直後の日本社会の状態より今日の日本の状態の方がもっと深刻なものになっている。

日本経済の衰退

 2000年から2020年の間の世界諸国の名目GDPの推移は以下のようであった。日本のGDPは,2000年に対して2020年は12%伸びていた。ところが,アメリカはその間220%伸び,ドイツは168%,フランスは168%,イギリスは145%伸びている。先進国の間では日本が一人負けである。世界でもまれな「平成30年デフレ」が続いている。

 日本政府は,無理をして,東日本大震災からの景気回復で「2012年から71カ月の景気拡大」で「いざなみ景気に迫る」と言い続けたが,2000年から2020年の20年間では,日本のGDPはたった12%しか伸びていない。「景気拡大」と言うべきではなく,「日本経済の衰退」であり,「アベノミクスの失敗」である。今コロナ禍で更に年率30%くらいGDPが低下しそうな状態である。

 一人当たりGDPは,日本は1996年には世界第3位であったが,2019年には26位に落ち込んでいる。

 世界のGDPに占める日本のシェアーは,1995年は17%に達していたが,2018年には6%以下になっている。

 世界でもまれな30年に及ぶデフレの中で3度の消費税増税をし,ますます内需を縮小させてしまった。政府は観光立国の旗を掲げ,中国人を沢山呼びインバウンドで稼いだが,コロナ禍でそれが吹っ飛んだ。

30年間変わらない日本の税収

 日本の税収はどうなっているか。所得税,法人税,消費税で見ると,2018年度の消費税収は17.8兆円,所得税収は18.0兆円,法人税収は12.2兆円,合計は48兆円。1990年は,所得税24兆円,法人税18.4兆円,消費税4.8兆円,合計47.2兆円であった。つまり現在の税収は30年前と変わらない。もちろんこれは日本のGDPの減退からきている。法人税収,所得税収が減り,消費税収が上がっている。企業はあまり税金を払わなくなり,貧しい大衆から税金を巻き上げている。特に大企業,多国籍企業は税金をあまり払わない。

募る国民の貧困化

 実質賃金の推移を見てみよう。日本の実質賃金は2000年を基準にすると2017年までの17年間で13%下がっている。ところがアメリカはその間38%,ドイツ31%,フランス33%,スエーデン54%,オーストラリア33%とそれぞれ上がっている。

 日本の子供の6人から7人に1人が「貧困状態」にある。「こども食堂」が2012年頃から始まったが,2016年で319ヵ所だったが2019年には3,700ヵ所以上に増えている。子供の貧困率はOECD諸国中で,日本は下から数えて9位である。

 世帯収入の中央値は,1995年に550万円だったが,2017年には423万円に下がっている。

 金融資産ゼロの世帯は1970年には全体の5%であったが,2019年には32%以上に増えている。

 非正規社員は1990年代には20%程度であったが,2019年には40%近くになっている。その非正規社員の平均年収は正規社員の65%以下である。地方公務員の非正規雇用は過去11年間で40%増加し,全体の3分の1近くになっている。正規の地方公務員の年収は平均660万円であるのにたいして,非正規のフルタイムの公務員は年収207万円程度である。つまり「ワーキングプアー」のレベルになっている。

 世界の年金ランキングでは,日本は世界で31番目,26位の南アフリカより悪い。

 生活保護世帯は,1995年頃は約60万世帯だったが,安倍政権になって160万世帯を超えた。

 こうした状況であるが,日本政府は,日本国民の貧困に対して「障子を閉めて見ない」ことにしている。『平成18年度の経済財政報告書』で「絶対的貧困の尺度からは,日本が厳しい貧困状況にあるという結論を引き出すことは難しい」としている。日本は国民を守らず,国民を豊かにしない国になったようだ。

 菅義偉官房長官(当時)は,総裁への立候補の会見で「自助,共助,それから公助」というモットーを掲げ,「国民は自分で生きていけ」と言っている。

日本の技術力・産業力の低下

 経済面での国力を示す「国際競争力」という点で,日本は1980年代から1990年代前半にかけてずっと首位の座にあった。ところが最近急速に低下してきている。スイスのIMD(経営開発国際研究所)の「ランキング2020」で,日本は2018年30位から,2020年は34位に落ちている。1位シンガポール,2位デンマーク,3位スイスと上位群が並ぶが,21位アイスランド,23位韓国,24位サウジアラビアより日本は劣等生になった。

 日本産業は,まだ個々の技術要素では優れたものを持っているが,全体の商品としての競争力が無くなっている,特に最近は日本的な商品という「価値」がなくなってきている。グローバル化で価格切り下げ競争に振り回され,イノベーションをしなくなった。研究開発投資も少なくなり,企業はリストラし,賃金を下げ目先の利益だけを追い求めている。かつて日本経済の発展を牽引していた日本製鉄,トヨタ自動車,日産自動車,ホンダ,東芝,ソニー,パナソニック,シャープなどは大きなイノベーションはできなくなり,衰退している。

 IMDの「世界デジタル競争力ランキング」では,1位アメリカ,2位シンガポール,3位スエーデン,4位デンマーク,日本は23位。

 2018年のWIPO(世界知的所有権機関)「世界技術革新力ランキング」では,1位スイス,2位イギリス,3位スエーデン,日本は21位。

 2018年の「ビジネス環境ランキング」では,1位ニュージーランド,2位シンガポール,3位デンマーク,日本は34位。

 2018年の「学術論文引用回数」では,アメリカ38,000,中国34,000,ドイツ8,000,韓国4,600,日本4,300。

 どの分野でも日本の技術力・産業力が劣化しているが,その中で中国が猛烈に追い上げてきている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1981.html)

関連記事

三輪晴治

最新のコラム