世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1958
世界経済評論IMPACT No.1958

アジア太平洋の経済圏形成に弾みをもたらすRCEP

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 准教授)

2020.11.23

 地域的な包括的経済連携(RCEP)が2020年11月に,15カ国(ASEAN10カ国,日本,中国,韓国,オーストラリア,ニュージーランド)で署名された。RCEPはアジアの貿易大動脈と指摘できる日中・日韓間で新たなFTAを形成し,貿易創出が見込まれる。米国のTPP離脱以降,停滞していたアジア太平洋の経済圏形成に向けた動きを再活性化することも期待される。

日中・日韓間で新たにFTAを形成

 政府資料(RCEP協定に関するファクトシート)によると,RCEPでは15カ国域内で最終的に91%の品目(品目ベース)で関税を撤廃する。域内では多くの国間で既にFTAが発効しているが,日本・中国,日本・韓国間ではRCEPによって初めてFTAが形成されることになる。日中・日韓間貿易はアジアの貿易の大動脈であり,日本と両国間の貿易創出は,サプライチェーンを通じて,域内にも恩恵をもたらすことになろう。また,自由化対象品目の詳細な検討は必要なものの,中国の平均実行関税率は7.6%,韓国は13.6%で,日本の4.3%よりも高く,特恵マージン(一般関税率―特恵税率)は日本側でより高くなることが見込まれるため,日本により大きな関税節減,貿易創出効果が期待されると指摘できるだろう。

 RCEPに参加する15カ国域内では,日本企業がサプライチェーンを張り巡らせており,同地域を包含するFTAが形成されることで,サプライチェーンの効率化につながることも重要な点である。RCEPは累積規定を盛り込んでおり,RCEP域内から調達した財を原産材料としてカウントできることとなる。これまでの既存のFTAでは二国間やASEAN,ASEAN+1の範囲内で認められていた累積が,RCEP全体で累積できることとなり,原産地規則をより満たしやすくなることが期待される。また,在庫分割を行った場合でも,域内では幅広くFTAを利用できることとなる点も,サプライチェーンの効率化につながるものである(RCEPによる累積,在庫分割については,2018年7月23日付け「TPP11とRCEPの関係をどう考えるか」参照)。

一定のルールを整備,一部は発効後協議の枠組み

 RCEPは包括的なFTAであり,物品貿易の自由化に加えて,サービス貿易,投資,知的財産,電子商取引,競争,政府調達などのルール分野も含んでいる。中国やCLM(カンボジア,ラオス,ミャンマー)などのLDC諸国も含むため,ルール分野の交渉は難航するとみられていた中で,一定のルールを形成し,交渉が難航したとみられる一部については発効後に協議を行うことが約束されている。

 注目された電子商取引(デジタル貿易)については,自由なデータフローとサーバーの設置義務の禁止に関する条項が盛り込まれた。但し,正当な公共政策目的と安全保障上の重大な利益保護のためには制限が可能であるとの文言が盛り込まれている。TPPと比較すると規律は緩いが,一定の原則を盛り込んだ点は意義があると指摘できるだろう。

 政府調達については,多くのアジア諸国ではセンシテイブな分野であり,ASEAN諸国でも政府調達の規律は限定的である(ASEAN諸国の内,TPPに参加するシンガポール,ベトナム,マレーシア,ブルネイは同協定で約束,シンガポールはWTOの政府調達協定にも参加)。RCEPの政府調達章では,一定金額以上の指定機関による調達に対する開放義務は盛り込まれていないが,透明性の向上などが約束された。

 投資分野では投資保護規定等を盛り込むとともに,投資家対国家の紛争解決については,発効後,協議を行うこととされた。サービス貿易では,約束形式が論点となったが,ポジテイブ・リスト方式とネガテイブ・リスト方式が混在する形となり,前者で約束した国については一定期間後に,より透明性が高いとされる後者に転換することが求められている。

RCEPとTPP

 RCEPは,TPPと比較すれば,ルール分野の規律は緩いものの,一定のルールが形成されるとともに,物品貿易を通じて,日本企業のサプライチェーンの強化・効率化につながる点が何よりも意義として指摘できる。特に,物品貿易では中国と韓国間で2015年からFTAが発効し,日本の輸出が劣後する状況にある中で,RCEPはその状況を改善する役割がある。

 アジア太平洋において,残された重要課題は米国のTPP復帰である。バイデン新政権による通商政策の方向性は定かではないものの,米国のTPP復帰の可能性も視野に入ってくる状況にある。RCEP署名は,米国にとっても改めてアジア太平洋のFTAネットワーク関与への関心を高め,2021年1月に見込まれる米国新政権誕生と相まって,停滞していたアジア太平洋の経済圏形成に向けた動きを再活性化することにつながるか注目される。米国のTPP復帰によって,TPPのグラビティを高め,RCEPとTPPの両輪でより安定的な経済圏を構築していくことが次の課題となる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1958.html)

関連記事

椎野幸平

最新のコラム