世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3454
世界経済評論IMPACT No.3454

BJP単独過半数割れの要因と影響:インド下院総選挙

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 教授)

2024.06.17

 6月4日に開票されたインド下院総選挙では,各種世論調査で圧勝が予想されていたモデイ首相率いるインド人民党(BJP)が単独過半数割れとなった。与党連合であるNDA(National Democratic Alliance)全体では過半数を上回り,政権は維持されるが,10年ぶりにいずれの政党も単独過半数を持たない連立政権となる。

BJP連立政権は維持も,単独過半数下回る

 前回2019年から5年ぶりに実施されたインドの第18次下院総選挙は,543議席を対象に,4月19日から6月1日にかけ,7回に分けて投票が実施され,6月4日に開票された。結果は,モデイ首相率いるインド人民党(BJP)が543議席中,240議席に留まり,単独過半数を下回った。BJPの獲得議席数は,モデイ首相が政権を獲得した2014年の282議席,2019年の303議席を下回り,モデイ政権下では過去最低の議席数となる。連立与党であるNDA全体では,293議席と過半数を上回ったが,モデイ政権の政権基盤は後退することとなる。

 一方,得票率は36.6%と,前回総選挙(37.8%)から低下したものの,2014年の水準(31.3%)は上回っており,モデイ政権への支持そのものが大きく後退したとまでは言えないものの,得票率が議席に結びつかなかった実態が伺える。対する野党の国民会議派は99議席と2019年の52議席から47議席伸ばし,得票率も19.7%から21.2%に上昇した。国民会議派を中心とする野党連合であるINDIA(Indian National Developmental Inclusive Alliance)の議席数は234議席となった。

 この総選挙結果によって,10年ぶりにいずれの政党も単独過半数を持たない連立政権が誕生する。モデイ政権は,2014年の総選挙で1984年以来30年ぶりに単独過半数を獲得,2019年の総選挙ではさらに議席を伸ばし,モデイ一強とも呼ばれる強い基盤を持つ政権を構築してきたが,2014年以前の状況に回帰することとなる。

BJPの南部浸透はならず,地盤のウッタル・プラデシュ州でも議席減

 州別にみると,インド最大の人口を擁し,インド政治の縮図ともいわれる中部のウッタル・プラデシュ州(議席数80)では,BJPの獲得議席は33議席に留まった一方,地域政党である野党サマジワデイ党(SP)が37議席を獲得した。得票率はBJPが41.4%と,SPの33.6%を上回ったものの,議席数では及ばなかった。なお,同州では,BJP,国民会議派双方のリーダーが異なる選挙区から立候補し,モデイ首相がバラナシ選挙区から出馬して61.3万票(次点との差は15万票)を得て勝利,国民会議派のリーダーであるラフル・ガンデイ―氏も,ソニア・ガンデイー前総裁の地盤であったラエ・バレリ選挙区を引き継ぎ,68.8万票(同39万票)を得て勝利した。また,大票田である西部のマハラシュトラ州(同48議席),東部のビハール州(同40議席)でも,BJPの議席数はそれぞれ9議席,12議席に留まった。

 一方,モデイ首相が過去州首相を努めていた西部のグジャラート州(同26議席)では,BJPが1議席を除く25議席を確保,中部のマデイア・プラデシュ州(同29議席)では全議席を確保し,BJPがその強さを示した。

 また,今回の総選挙でBJPが力点を置いたのは南部である。インド南部は独自性のある地域で,これまで地域政党や国民会議派が優勢な州が多く,BJPは今回の選挙では南部での議席増を目指してきた。しかし,タミル・ナドウ州(同39議席),ケララ州(同20議席)の南部2州におけるBJPの獲得議席はそれぞれ0議席,1議席で,BJPの同2州への浸透は今回も成らなかった。

 両党以外の政党では,前述のSPとともに,東部のウエスト・ベンガル州(同42議席)で地盤を有する野党の草の根会議派が29議席,タミル・ナドウ州で地盤を有する野党のドラヴィタ進歩党(DMK)が22議席を確保した。また,NDAに与するテルグ・デサム党が地盤のアーンドラ・プラデシュ州で16議席,ジャナタ・ダル(統一派)がビハール州で12議席を確保した。BJPが240議席に留まった中,この28議席が過半数を確保する上でキャステイング・ボードを握ることとなり,両党の影響力が強まった。

逆風の要因として考えられる物価と雇用

 各種世論調査では,BJPの圧勝が予想されていたが,選挙結果は大きく乖離する結果となった。例えば,選挙開始前の4月にTV-CNXが実施した世論調査では,BJPの予想獲得議席は343議席,NDA全体では393議席,国民会議派は40議席にとどまるとの予想であった。出口調査における予想でも,BJPが圧勝するとの見通しが報じられていただけに,多くの人口を抱えるインドでの世論調査の難しさを浮き彫りにするかたちとなった。

 BJP有利との見方の背景には,いくつかの要因もあった。第1に,今回の総選挙でも,人口の約8割を占めるヒンドウー教徒に訴えかけるモデイ政権の施策が集票につながるとの見方があったことだ。総選挙前の2024年1月には,BJPが長年中核的アジェンダとして掲げてきたウッタル・プラデシュ州アヨーデイアにおけるヒンドウー寺院である「ラーム寺院)の落成式を,モデイ首相出席の下,盛大に挙行した。インドの有力誌であるIndia Todayが実施した世論調査(2023年12月15日~2024年1月28に実施)で,モデイ首相の記憶に残る政策を尋ねた設問では,「ラーム寺院建立」(42%)が最大の比率を占めていた。

 第2に,野党連合が分裂したことも挙げられる。野党は,2023年に国民会議派,草の根会議派,ジャナタ・ダル(統一派)などの政党が,INDIAと呼ばれる野党連合を結成したが,その後,ジャナタ・ダル(統一派)が離脱して相対するNDAに参加するなど,野党分裂がみられたことである。

 一方,BJPにとって逆風となったと考えられる要因は,インフレと雇用問題だ。インドの消費者物価上昇率は,前回総選挙の2019年前半は2~3%に落ち着いていたが,2020年以降,原油高と食料価格等の上昇を背景に,平均6%程度で推移,国民生活に大きな影響のある食料品価格については,2024年に入っても8~9%と高止まりしていた。この物価に対して,モデイ政権は,割安なロシア産原油価格の調達や石油関連製品の国内価格の抑制,さらには小麦の輸出規制,一部の米の輸出規制などで対応してきた。前述のIndia Todayの世論調査でも,物価上昇を「失敗」とする回答が24%に及び,また18%は失業を「失敗」と回答していた。こうした中,BJPはマニフェストの中で,貧困,中間層,女性,若者,シニア層,農家といった項目での生活向上などを強調した公約を打ち出したが,浸透しきれなかったと言えるだろう。

 今回の総選挙では,インフレや雇用問題がBJPの伸び悩みにつながった一因と考えられる。モデイ首相が第一次政権を樹立した2014年の総選挙では,選挙前の消費者物価上昇率が10%前後で推移していたことが,当時の国民会議派政権が敗北した要因となったと考えられているが,今回は与野党の立場が逆転して物価上昇の影響を受けたと言えるだろう。

思い起こされる2004年の総選挙

 モデイ一強とも言われる強い政治基盤を構築してきたモデイ政権だが,BJPが単独過半数を割り込んだことで,同党の意思決定力の低下は避けられない。前回2019年の総選挙後には,ジャンム・カシミール州の連邦直轄地化や市民権法改正など,マニフェスト(2019年)に記載した争点のある政策を断行していったが,今回の選挙結果を受けて,マニフェスト(2024年)に記載された統一民法典の導入などの実現の壁は高まったと言える。経済政策面では,これまでモデイ政権は,強い政権基盤を背景に,長年の課題であった複雑な間接税を統合した物品・サービス税(GST)の導入を実現させるなど一定の経済改革を実施してきたが,今後は土地収用法など残された経済改革は進めにくくなることが懸念される。

 また,今回の選挙結果から思い起こされるのは2004年の下院総選挙である。同総選挙では,当時,与党であったBJP(バジパイ政権)が,当初の予想を大幅に下回る議席に留まり,野党に転落した。経済改革を推進し,高い経済成長のもと,下院総選挙に臨んだバジパイ政権は,「輝くインド」をスローガンに掲げ,選挙戦を戦ったが,経済改革に否定的な層や農村の不満票が野党に流れたことが,BJP敗北の要因となったと考えられている。その後,政権を担った国民会議派のマンモハン・シン政権は,全国農村雇用保障法を成立させるなど,農村・低所得者対策を強化した経緯がある。今回の選挙結果を受けて,こうした農村・低所得者対策を強化する方向に力が働く可能性はあるだろう。新政権発足後の夏に発表される予算案において,今後の経済改革や農村・低所得者対策に対してどのような方向性が示されるかが,注目されるところだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3454.html)

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