世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3507
世界経済評論IMPACT No.3507

インド・下院総選挙後初の予算案を発表:雇用,個人・消費者に重点,連立2政党に配慮

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 教授)

2024.08.05

 インドのシタラマン財務大臣は,7月23日,2024年度予算案を国会に提出した。インドでは,今年4~6月に下院総選挙が実施され,モデイ首相率いるインド人民党(BJP)の議席が過半数割れしたが,同選挙結果が今後の経済政策に与える影響を占う上で同予算案が注目される。その特徴は,雇用,個人・消費者を重視,連立を組む2つの地域政党へ配慮した予算案と言える。

雇用を強調した予算

 インドの予算案(Budget)は,毎年2月に国会に提出されるが,本年度は下院総選挙が実施されたため,2月に暫定予算案を提出し,総選挙後の7月に正式な2024年度予算案が提出された。

 2024年度予算案では,大きく9つの優先政策が示された。具体的には,①農業の生産性と強靭性,②雇用とスキル向上,③包摂的な人材開発と社会的公正,④製造業とサービス,⑤都市開発,⑥エネルギー安全保障,⑦インフラ,⑧イノベーション・研究開発,⑨次世代に向けた改革である。

 雇用とスキル向上の項目では,雇用連動インセンテイブ(Employment Linked Incentive)の導入を打ち出したことが注目される。同インセンテイブの柱は,新規就労者に対する1カ月分の賃金補助であり,2100万人の若者に恩恵をもたらすとしている。この他,製造業雇用への補助なども盛り込まれている。また,スキリング・プログラムとして,5年間で200万人の若者を対象に職業訓練を行うことも盛り込んだ。加えて,教育ローンに対する補助も打ち出し,10万人の学生が恩恵を受けられるとしている。

 予算案では,税制改正案も併せて提出されるが,キャピタル・ゲインの課税率の一部引き上げとともに,個人所得税の控除拡大などが盛り込まれた。関税率については,携帯電話や農林水産品,鉱物などの品目での関税引き下げが目立っていることが特徴である。

 その他,予算案において注目される点は,重要鉱物確保に向けた政策を強化する方向性や気候変動に関連してタクソノミーにも取り組む姿勢を示した点などが挙げられる。また,財政赤字の対GDP比は4.9%を見込み,2023年度の5.6%から低下させる内容となっている。

雇用,個人・消費者に重点,連立2政党の要望を反映

 2024年度予算案の第1の特徴は,雇用,個人・消費者に重点を置いたことだ。前述の新規就労者への賃金補助,職業訓練,教育ローン補助,関税引き下げなどが挙げられる。こうした政策が重視される背景には,下院総選挙でBJPの議席数が減少した要因として「雇用状況とインフレが向かい風であった」ことが挙げられ,その対応策として講じられた政策と位置づけられよう。

 第2の特徴として挙げられるのが,与党連合である国民民主同盟(NDA:National Democratic Alliance)に参加するテルグ・デサム党,ジャナタ・ダル(統一派)の要望を広く受け入れた予算であるという点である。テルグ・デサム党はアーンドラ・プラデシュ州,ジャナタ・ダル(統一派)はビハール州を基盤とする地域政党である。予算案においては,アーンドラ・プラデシュ州については,新州都への財政支援やインフラ整備が盛り込まれ,ビハール州についても各種のインフラ整備支援が盛り込まれた。

 下院総選挙(543議席)では,BJPの議席数が240議席と単独過半数割れした中,テルグ・デサム党が16議席,ジャナタ・ダル(統一派)が12議席を獲得,NDAに与するその他少数政党の議席数が計25議席で,過半数を確保する上で,両党が大きな影響を及ぼす構図となっている。キャステイング・ボートを握った両党への財政面での配慮が色濃く滲み出たと言える。

一定の財政規律を維持,強い経済改革姿勢は示されず

 一方,今回,雇用・インフレに対する不満等が選挙結果に影響を与えたと考えられる中,予算案では拡張的な財政政策が採用される可能性も考えられたが,財政赤字の対GDP比は低下させる方向が示され,一定の財政規律は保たれたと評価できるだろう。

 しかし,「次世代に向けた改革」では,目立った経済改革アジェンダは盛り込まれず,経済改革に対する強い姿勢が示されたとは言えない。土地収用法や労働法,農業,電力,外資規制など,国内からの反発を伴う経済改革の実行は難しさを増した状況も顕れたとも言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3507.html)

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