世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2434
世界経済評論IMPACT No.2434

ゆるやかな増税を打ち出した2022年度予算案:シンガポール

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 准教授)

2022.02.28

 シンガポールでは,2022年2月18日,2022年度予算案が発表された。2021年5月に財務大臣に就任したローレンス・ウオン財務大臣にとって初めての予算案となる。今回の予算案では,富裕層への課税強化とともに,付加価値税,炭素税の今後の増税スケジュールが発表された。シンガポールの税制は依然として世界的にも低い水準であることに変わりはないが,高齢化などによって歳出が構造的に拡大しており,ゆるやかな増税による歳入基盤の拡大を図る内容となっている。

富裕層を対象とした課税を強化

 今回の予算では,富裕層を対象とした各種の税についても引き上げが盛り込まれた。第1に個人所得税については,現状,最高税率は32万Sドル以上の所得を対象に22%となっているが,これを2024年から50万Sドルから100万Sドルの所得には23%,100万Sドル超には24%に引き上げる。最高税率は2017年に20%から22%に引き上げられており,富裕層への課税を強化している。引き上げ対象となる所得者は所得税を支払っている総数の上位1.2%と説明している。

 第2に,固定資産税(Property Tax)を2023年と2024年の2段階で引き上げる。まず,所有者が非居住の不動産を対象に,評価額に応じて現状10~20%の税率を12~36%に引き上げる。投資用の不動産に対して所有コストを引き上げることが狙いだ。また,同様に所有者が居住している場合でも,一定評価額以上の不動産に対する同税率を現状4~16%から6~32%に引き上げる。後者で対象となる不動産は全体の7%となると説明している。

 第3に,高級車に対する課税も強化する。車に課税される追加登録料(ARF:Additional Registration Fee)について,現状,2万Sドル以上には100%,3万Sドル以上は140%,5万Sドル以上は180%のところ,新たに8万Sドル以上を設定し,同額以上に対して220%の課税を導入し,より高級車を対象に課税水準を引き上げる。

GSTを2段階で9%に引き上げ,構造的歳出増への対応

 こうした富裕層への課税強化に加えて,2007年以来16年ぶりとなる物品サービス税(GST)の増税を盛り込んだ。GSTを巡っては,2018年度予算案の中で,現状7%の税率を2021~2025年の間に9%に引き上げる方針を示してきたが,今回の予算において同税率を,2023年から8%に,2024年から9%に引き上げることが盛り込まれた。同時に,一定期間,所得と不動産所有に応じた現金給付や低所得者を対象としたGSTバウチャーの拡充を行うなど,国民生活への影響を軽減する措置も併せて盛り込んでいる。

 こうした増税による歳入拡大を図る背景には,高齢化などによる構造的な歳出拡大がある。予算案では,ヘルスケア関連支出額は2010年の37億Sドルから2019年には113億Sドルと3倍に拡大,2030年には270億Sドル(GDP比で3.5%)まで増加するとの見通しを示した。シンガポールの歳出総額のGDP比をみると,コロナ禍前の2010年代は13~16%で推移してきたが,今回の予算案では2030年には20%を超えるとの見通しが示され,その主因がヘルスケア支出の増大であるとしている。また,所得格差も社会課題となっており,低所得者対策も段階的に強化されている。

炭素税は2030年までに大幅に引き上げ

 炭素税については大幅な引き上げを盛り込んだ。シンガポールは,2019年に初めて炭素税を導入したが,CO21トン当たり5Sドルと,他の炭素税導入国との比較では低い水準を維持していた。この炭素税を2024~2025年に同25Sドル,2026~2027年に45Sドル,2030年までに50~80Sドルに大幅に引き上げる。

 今後10年程度で10~16倍に引き上げるもので,気候変動対策に一段と取り組む姿勢を明確にするとともに,長期の引き上げスケジュールを明記することで,企業の予見可能性にも配慮した内容と指摘できる。

 同時に,炭素排出量が多く,輸出市場で炭素税を導入していない国と競合する産業には,競争力維持の観点から,一定の移行措置を導入するとした。移行措置の詳細は2023年に公表する。また,炭素税は,財政収入の増加を目的としていないとし,低炭素や省エネなどの投資に振り向けるとしている。

法人税は変更せず,一方で今後見込まれるBEPSの影響

 今回の予算案では法人税に関する税率変更は盛り込まれなかった。しかし,税制面でシンガポールが直面している課題に,2021年に合意されたBEPS(税源浸食と利益移転)のもとで,今後,最低法人税率が導入されることがある。

 BEPSでは,売上高が7億5,000万ユーロを超える多国籍企業を対象に最低法人税率15%を導入することが盛り込まれている。シンガポールは,法人税率が17%であるものの,パイオニア・インセンテイブなど各種の税制インセンテイブが供与されており,実効法人税率が17%を下回っているケースも多い。ウオン財務大臣は,過去,影響を受ける企業が約1,800社存在していることを明らかにしており,今後,どのような影響が出るか留意される。

外国人政策も一段の強化

 なお,今回の予算案では,外国人政策について,一段の基準強化が打ち出された。外国人の受け入れ抑制やシンガポール人の雇用を促すことを目的に,これまで外国人に対する就労査証の発給基準の強化が断続的に行われてきた。今回の予算案の中でも,管理職・専門職を対象とするエンプロイメント・パス(EP)の最低月給を,2022年9月から,現状の4,500Sドルから5,000Sドル(金融セクターの場合は5,000Sドルから5,500Sドル)に引き上げることが盛り込まれた。EPの発給基準はシンガポール人の同等の職種の上位3分の1に該当することを大枠の基準として示した。

 また,中技能職を対象とするSパスについても,同様に現状の2,500Sドルから3,000Sドルに引き上げる。また,Sパスにおいても金融セクターについては新たに同3,500Sドルとする基準を導入する。加えて,2023年9月,2025年9月にも基準額を引き上げるとともに,Sパスの雇用者に課税される雇用税(Levy)についても2025年までに引き上げることが盛り込まれている。シンガポールは,引き続き,外国人の受け入れを歓迎する一方で,その基準を引き上げ,より高技能の外国人を受け入れる姿勢を一段と強めている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2434.html)

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