世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1915
世界経済評論IMPACT No.1915

中国の5G戦略の現状と今後の課題

真家陽一

(名古屋外国語大学 教授)

2020.10.19

 よく指摘されていることだが,米中摩擦の背景の一つが「次世代のハイテク産業をめぐる覇権争い」だ。従って,今後の焦点はハイテク製品に関わる技術開発競争の行方にある。その代表事例が「第5世代通信規格(5G)」である。

 中国は3G・4Gの技術開発では出遅れており,3Gから4Gの時代に移行したのは,中国の産業政策を担う工業情報化省が国有通信大手3社(中国移動,中国電信,中国聯通)に対し,次世代通信規格「TD-LTE」の商用免許を交付した2013年12月とされる。こうした反省に基づき,中国は早くから5Gの研究開発に着手しており,今や先行者を追う立場ではなく,情報通信技術を主導する立場にある。

 中国において5Gが先行して進展することになれば,関連技術やサービスで先を越されるだけでなく,軍事技術への転用も可能となるだけに,米国は中国の動向を脅威に感じているとされる。米国が中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」に対する規制を強化するのも,同社が基地局の建設や対応端末の供給など,中国の5G戦略において中核的な役割を担っている企業であるからにほかならない。

 中国では2019年11月から国有通信大手3社による5Gの商用サービスが開始された。それから1年が経とうとしているが,この間,中国は基地局の整備や対応端末の発売など,5Gの普及を推進してきた。2020年6月末現在,国有通信大手3社が全国で建設・開通した5G基地局は40万局を超えた。日本の目標が2023年度末で21万局であるのに比べて早さが際立つ。

 また,中国情報通信研究院(CAICT)の10月13日の発表によると,1〜9月の5G対応スマートフォンの出荷台数は累計で1億770万台と,1億台を超えた。2020年末までに5G基地局は60万局,5G対応スマホの出荷台数は1億8,000万台に達すると予測されている。

 2020年5月に開催された全国人民代表大会(全人代,国会に相当)に提出された「政府活動報告」では,「内需拡大戦略の実施による経済発展パターンの転換加速の推進」が打ち出された。この政策の一環として,「有効投資の拡大」が掲げられ,消費拡大・民生改善・構造調整・持続力強化につながる「両新一重」の建設を重点的に支援することが謳われた。

 「両新一重」は今般の全人代で提起された新語で,「新型インフラ」「新型都市化」交通・水利などの「重要プロジェクト」を指す。「両新一重」の中でも,重要項目として脚光を浴びているのが新型インフラ建設である。政府活動報告は「新型インフラの整備を強化し,次世代情報ネットワークを発展させ,5Gのアプリケーションを広げ,データセンターを建設し,充電スタンドを整備し,新エネルギー自動車を普及させ,新たな消費需要を喚起して産業の高度化を後押しする」としている。

 中国は新型コロナ禍の経済復興の中で,新型インフラ建設に焦点を合わせ,5G基地局やデータセンターの建設を通じて,次世代情報ネットワークの拡充を一気に推進しようとしている。7月30日に開催された中国共産党中央政治局会議でも,下半期の経済運営において,新型インフラ建設を加速していく方針があらためて打ち出されている。

 5Gの整備に伴い,中国のIT業界には多様なビジネスチャンスが生まれ,生産性の改善をもたらすことが期待されている。新型コロナ禍で登場した様々なオンラインサービスとも関連する5Gインフラは,中国経済のデジタル化をより一層深化させ,中国社会を変革していくことも予想される。

 中国の5G戦略における日欧米とのスタンスの最も大きな違いは,政府の支援,巨大な国内市場,豊富な資金をベースに,当初から5Gだけで単独運用できる「スタンドアロン(SA)型」を一気に立ち上げ,世界に先駆けて5Gサービスの実現を目指していることだとされる。

 他方,日欧米では,初期投資を抑えられるといったメリットもあり,すでに整備されている4Gのエリア内で5Gを一体運用する「ノンスタンドアロン(NSA)型」の採用を計画しており,NSA型から徐々に5G化していくというシナリオが趨勢となっている。

 中国がSA型での5Gを推進する狙いは,超高速,超低遅延,多数同時接続という5Gの優位性を活かしたサービスの早期実用化にある。自動運転や遠隔手術など,5Gの要となるサービスを実現するにはNSA型では無理で,5G特化のSA型が必須となるからだ。

 とはいえ,「今のところ5Gでここが大きく変わったと実感できるものは特にない」(日系企業の北京駐在員)との声も聞かれており,今後の5G推進においては課題も決して少なくない。国務院新聞弁公室が7月23日に開催した2020年上半期の工業・通信業の発展状況に関する工業情報化省の記者会見において,同省の聞庫・情報通信発展局長は「中国における5Gの発展はまだ商業化の初期段階」との認識を率直に表明。「経済の質の高い発展を支援する5Gの役割を本当に発揮させるには,さまざまな市場主体の能動性を動員し,優れたアプリケーションを備えた良好な5Gエコシステムの形成を促進する必要がある」と強調した。

 その上で聞局長は,迅速に実行する必要がある5つの課題として,①ネットワーク建設における質と効率の促進,②市場活力の充分な発揮,③5Gと他産業との連携実現,④地方政府による支援政策の発揮,⑤国際協力と相互互恵の強化を指摘した。

 このような課題はあるものの,中国は新型インフラ建設によるハード面の整備と同時に,ソフト面では商用サービスの供給などを通じて,5Gの推進にいっそう邁進していくものと見られる。こうした流れの中で,次世代のハイテク産業をめぐる米中の覇権争いがさらに激化していくことが予想されるだけに,今後の動向を注視していくことが必要であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1915.html)

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