世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3745
世界経済評論IMPACT No.3745

第2次トランプ政権に中国はどう対応していくのか

真家陽一

(名古屋外国語大学 教授)

2025.03.03

 トランプ大統領は1月20日,42本と就任初日の署名数としては戦後最多といわれる大統領令に署名した。中国関連では,「米国第一の通商政策」に関する大統領覚書に「中国との経済および通商関係」のパートを設けた。即時の対中追加関税には触れなかったものの,2月1日にはカナダ,メキシコとともに,中国の全製品に10%の追加関税を課す大統領令を発令した。メキシコとカナダに対する適用開始は交渉の結果,3月4日まで延期されたが,中国に対する延期措置はなく,2月4日に追加関税が発動された。

 トランプ政権の追加関税発動に対して,中国も2月4日,①対米輸入80品目に対する追加関税賦課,②米国の追加関税措置のWTO提訴,③25種類のレアメタル製品・技術に対する輸出規制,④米国企業2社の信頼できないエンティティリストへの追加,⑤米グーグルを独占禁止法違反の疑いで調査などの対抗措置を打ち出した。

 米国の追加関税が中国経済にとっては打撃となることは間違いないが,引き上げ幅は大統領選挙中に表明していた60%でなく,10%にとどまっている。また,中国の対米追加関税措置の対象品目が対米輸入に占める割合も8.5%程度であり,経済に与える影響は限定的と見られる。ただし,今後は「米国第一の通商政策」に基づく調査結果などを踏まえ,追加関税も含めたさらなる輸入制限措置が講じられる可能性が高い。第2次トランプ政権における米中貿易戦争は事実上始まっており,今後本格化が予想される中で,中国はどのように対応していくのであろうか。

 対外的には,対中追加関税の引き上げを出来るだけ回避すべく,米国とのディールに臨むものと見られる。中国外交にとって,最大の課題が対米関係であることはいうまでもないが,中国は長期的には米国との戦略的競争における勝利を目標としているものの,短期的には経済減速を背景に,対米関係の安定化を望んでいると指摘される。

 例えば,外交部所管のシンクタンクである中国国際問題研究院の主催により,2024年12月に北京で開催された「2024年国際情勢と中国外交シンポジウム」において,王毅外交部長は中国の2025年の外交政策の方向性として,第2次トランプ政権を念頭に「米国の新政権が正しい選択を行い,中国と向き合い,妨害を排除し,障害を克服し,米中関係の安定的かつ健全で持続可能な発展を目指すことを希望する」と表明した。

 実際,2025年1月20日に開催されたトランプ大統領の就任式には,習近平国家主席の特使として,韓正国家副主席が出席。米国滞在中には,バンス副大統領やマスク・テスラCEOと会見した。また,王毅外交部長は1月24日,米国のルビオ国務長官と電話会談を行うなど,対米関係安定化に向けた姿勢を示している。

 他方,米中対立の激化は避けられないだけに,米国以外の国・地域との関係安定化を図るべく,王毅外交部長は,ロシアとは全面的戦略協力と全方位的実務協力を深化させるほか,欧州とは関係を独立自主,相互利益,世界の幸福の方向に沿って着実に前進させる意向を示している。また,分裂・対立リスクに直面する中,グローバルサウスとの連携強化を推進していくことや,デカップリングに対応して,「一帯一路」の実施を推進しつつ,各国と連携して開放を促進していく方針も示している。

 対内的には,内需を中心に国内経済の活性化で対応しようとしている。中国の2024年の実質GDP成長率は,純輸出の寄与度が上昇したことで,5.0%増と政府目標を達成したが,2025年は第2次トランプ政権の発足を背景に,外需には期待できない状況にある。こうした現状を踏まえ,2024年12月に北京市で開催された「中央経済工作会議」(翌年の経済政策の方針を決める重要会議)では,2025年の重点任務として「全方位での内需拡大」に最もプライオリティが置かれた。中央経済工作会議で決定した重点任務を踏まえ,李強総理は2月10日,国務院常務会議を主宰し,消費活性化に関する活動を検討。会議では「消費の活性化は内需拡大,国内大循環の強化における最優先課題である」ことが指摘された。

 また,米中対立の激化に伴うデカップリングに備えるべく,中国は引き続き技術の国産化も含めた産業高度化を推進していくものと見られる。実際,「中央経済工作会議」では,2025年の重点任務として,「全方位での内需拡大」に次いで「科学技術イノベーション主導の現代的産業体系の構築」が掲げられ,基礎研究および重要コア技術の研究開発の強化や「AI+」行動の展開による未来産業の育成などが提起された。

 こうした産業高度化の動きを象徴したのが,李強総理が1月20日に主宰した「政府活動報告」に関する座談会だ。同座談会出席者の中で,とりわけ注目を集めたのが,中国のAIスタートアップ企業「ディープシーク」の創業者である梁文鋒氏だ。ディープシークが開発した生成AIは,開発費用が約560万ドル(約8億7,000万円)と,米国製生成AIの10分の1以下のコストで開発されたにもかかわらず,性能は米オープンAIのチャットGPTに匹敵するとされる。しかも,使用された半導体は米エヌビディア製の格落ち半導体であり,AI開発には最先端の半導体が不可欠という通説を覆したことで,世界に衝撃を与えた。

 3月5日からは,全国人民代表大会(全人代)が開催される。中央経済工作会議や有識者らとの座談会での議論も踏まえ,第2次トランプ政権への対応に向けて,どのような政策が決定されるのかが注目される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3745.html)

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