世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
正念場を迎える日本のエネルギー・環境政策
(東京国際大学 教授)
2020.08.24
「脱炭素」という言葉を,新聞・雑誌の報道でよく見かけるようになった。エネルギー消費において,化石燃料を排除し,CO2排出量ゼロを達成しようとの試みである。とりわけ,世界の環境NGO,例えば,世界自然保護基金(WWF),ワールドウォッチ研究所(WWI),グリーンピースなどのサイトを見ると,地球温暖化の進行を止めるためには,「脱炭素」を進めなければならないとの主張が強く打ち出されている。
国連においては,2030年を目標年としてSDGs(持続可能な開発目標)という17の目標を設定した取り組みを2016年から進めている。17項目の中には,「環境」,「エネルギー」の2項目が入っており,貧困削減等の世界が全体として是非取り組むべき課題とともに,「環境」配慮からの低炭素化,「エネルギー」の高効率利用,さらには「脱炭素」も,このSDGsの取り組みの一環として世界各国,多国籍で活動する企業にその実施を迫るという動きが生じている。世界の大手企業は,自社が先進的であり,環境・人権など幅広く配慮をしていることを示すためには,エネルギーの高効率利用からさらに踏み込んで,再生可能エネルギーの利用拡大,低炭素,さらには「脱炭素」にも取り組んでいることを示すことが,しばしば強く求められるに至っている。
ESG投資という,環境(Environment),社会(Society),ガバナンス(Governance)に配慮した企業でないと,銀行も融資を行わないという金融面からのランク付けも進行中で,金融界に新たな収益機会が出現している。また,RE100(Renewable Energy 100%)という,化石燃料の使用をゼロとするとの宣言を出す企業も出てきている。グーグルなどのハイテク企業,アマゾンといった物販配送企業であると,CO2排出量ゼロを目指すこともあり得るが,他方,鉄鋼,セメント,紙パルプ,化学,窯業といったエネルギー多消費の産業分野では,CO2排出量ゼロを一企業として達成することは難しい。個別の企業活動において重視されるのは,企業を存続させ競争力を維持し,経費を支出し,配当も行う,永続するシステムを維持できるかという点である。
ここで課題となるのは,CO2排出ゼロを第一義的に求めることで,他の分野に振り向けるべき資金が回らなくなるという危惧である。地球環境問題のほかにも,世界的に資金を循環させ,途上国の発展を促し,OECD諸国においても見られる格差の問題に対応することが勿論重要である。
温暖化,温室効果ガスの排出量削減に支出する資金は,実は,より効果的に,発展・格差等,他の分野に支出することができると,より成果が大きいと評価できる可能性がある。
しかも,近年言われる地球温暖化は,10年,20年という短い期間での議論がなされるが,1970年代には寒冷化が大きな話題となった時期もあった(中川毅,2017)。エルニーニョ,ラニーニャ,北極振動など,近年メカニズムの理解が進んだ気候変動要因も多くあり,自然変動の部分が大きいことも知られるようになってきている。
例えば,近年の海水温上昇による台風の巨大化の危険性が言われる前から,巨大台風は日本を何度も襲ってきた歴史がある。高潮という現象,つまり,低気圧による気圧低下で潮位が上がり,台風の強風によりさら潮位が高まる被害は,かねてから生じてきた。
磯田道史(『天災から日本史を読みなおす』2014年)によれば,1680年8月の静岡県袋井市を襲った台風は3メートル超の高潮により大被害を生じ,藩主の本田氏は領地召し上げとなった。
1828年に佐賀県を襲った巨大台風(シーボルト台風)では,有明海沿岸の高潮が5メートルを超え,佐賀藩8万軒超のうち3万5千軒が全壊,2万軒が半壊となった。
1917年(大正6年)に東京を襲った巨大台風(953ヘクトパスカル,最大風速40メートル)では3.1メートルの高潮で銀座,歌舞伎座付近まで水浸しとなり,約500人が溺死した。
1934年(昭和9年)に大阪を襲った室戸台風(911ヘクトパスカル,最大風速42メートル)では,大阪での高潮が3.1メートル,大阪府内の死者・行方不明者1,900人近くであった。
名古屋でも1959年の伊勢湾台風(929ヘクトパスカル,最大風速75メートル)で,同市内のゼロメートル地帯の浸水の高さは5メートルに達し大被害を受けた。
日本において化石燃料による発電ゼロを何が何でも目指し,採算が合わない再生可能エネルギープロジェクトにまで巨額の資金をつぎ込むよりは,より効果的な「災害緩和策」である,避難のための「命山」(高台)の設置,津波被害を防ぐ地形を考えた堤防の設置,さらに高台への移転などに予算を割くべきと言える。
仮にCO2排出量をゼロにしたとしても,その後も気候変動は続いていくことは間違いない(田家康,2019,2016ほか)。人類はひたすら気候変動にいかに対処するかという「適応」を続けていく存在であるとの理解の下,エネルギー・環境対応を考えることが重要である。
- 筆 者 :武石礼司
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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