世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1849
世界経済評論IMPACT No.1849

バイデンに中東再編の覚悟はあるか

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.08.24

 今年11月世界がその行方を注目するアメリカ大統領選。中国の挑戦を受けているとはいえ,未だ超大国であるアメリカの政権交代は中東始め多くの地域情勢に影響を及ぼす。現状多くの調査で民主党のバイデンの支持率が優勢であり,共和党の現職大統領トランプに10%以上の差をつけている調査もある。隠れトランプ支持者も未だ多いと言われるが,コロナ対策の失敗で足元の共和党内でも脱トランプの動きは強まっている。バイデンは追い風を背景に,当選後WHOへの再加盟を表明する等既に大統領気どりである。無定見なトランプといえどもオバマ政権のイスラム勢力寄りの姿勢を修正したという功績はあった。バイデンはトランプの政権の正しい方向性すらも否定するのか中東諸国・非国家勢力は注目する。

 トランプはオバマの核合意を反故にし制裁を強化しイランの経済は大幅に悪化した。最高指導者への非難を含む前代未聞の抗議運動が頻発し体制の危機も騒がれ始めた。バイデンは経年劣化と制裁によって疲弊するイランのモッラー体制に止めを刺す覚悟はあるか。イランの体制転換が実現すれば中東の勢力図は根本から塗り替わる。新生イランは反米・反イスラエル路線を放棄するだろう。というのもイラン民族は歴史的にユダヤ人と敵対してこなかったし,国境を接していないことで紛争の種も少ない。イラン系アケメネス朝がバビロン捕囚のユダヤ人を解放しエルサレム再建を許可したことは,彼らの聖典旧約聖書にも記されている。イランの体制転換が実現すればヒズボラ,シリアのアサド政権といったイスラエルと直接境界を接する敵対勢力も巨大なスポンサーを失うことになる。

 反米国家を標榜するイランよりアメリカに盾ついているのは同盟国のトルコだ。テロとの戦いに多くの犠牲を払ってきたアメリカを嘲笑いイスラム国の支援をしていた。アメリカ政府機関の調査によれば,今でもトルコがイスラム国戦闘員の主要な経路である。トルコの背信に直面したアメリカはテロとの戦いに不可欠なパートナーとしてクルドを見出した。トルコがテロ組織とみなす勢力をアメリカが肩入れしたことで,トルコはさらに反米路線を突き進むことになり,トルコはロシア製の地対空ミサイル購入を決定する等挑戦を続けてきた。アメリカはクルド防衛のため軍のシリア駐留を続け,ギリシャ,キプロス等トルコと紛争を抱える国に軍事支援を行っている。エルドアン政権周辺はバイデンの再選を見越して選挙資金の支援を行っているとも伝えられている。その一方でトルコはバイデンの過去の発言から「介入主義者」と非難した。バイデンは昨年12月,アメリカは「専制国家」トルコに断固とした態度で臨むべきだと主張した。注目の副大統領候補カマラ・ハリスはユダヤロビーの支援を受けるイスラエル寄り政治家とされる。有色人種の候補はどうしてもムスリム寄りの印象をぬぐえないが,彼女はオバマと異なりムスリムのルーツが無く,ユダヤロビーの支援を受けているのは安心材料と言える。オバマ・クリントンの親ムスリムコンビはアルカイダに毒されたシリア反体制派を支援し,リビアを空爆しイスラム勢力を支援したことで両国の内戦を泥沼化させた。トルコが支援するイスラム国が台頭するに至り一連の政策の過ちに気付いたアメリカは,クルド勢力という価値観を共有する味方を見出し,一方のトルコとは徐々に対立関係に陥った。中東でアメリカにより打倒された元同盟国と言えばイラクが思い当たる。サダム政権は反共,反イランの砦としてアメリカの支援を受けていたのは有名な話だ。サダムはアメリカの都合によるイラクの軍事大国化を自国の力と過信し,クウェート侵攻でアメリカと対決する道を選ぶに至った。トルコに自発的な政権交代が望めない以上,イラクと同様の措置は検討しなければならない。

 「寝ぼけジョー」と揶揄されるバイデンはトランプに比して良識派であること以上の内容は無く,果断さにも欠けるように見受けられる。アメリカは現在中国の挑戦より深刻な挑戦を中東で受けている。第二次世界大戦前夜,アメリカは既に圧倒的な経済・軍事力を有しながら,不介入主義によりドイツのナチによる隣国侵略,日本の中国侵略を止めることができなかった。弱腰の共和党大統領が続いたことでファシズム国家は増長していた。その後の民主党のルーズベルトは理想主義者としてファシズム打倒と世界秩序の再編へ使命感を持っていた。不介入主義の国民を宥めながら日独を打倒する準備を進め,真珠湾奇襲という日本の敵失により開戦の口実を得て,東西のファシズム国家打倒に貢献した。アメリカが超大国である限り,困難な時代には確固とした信念を持つ人物が大統領として求められる。両候補とも「どっちもどっち」とアメリカの支援を受ける国,勢力は不安を抱えながら選挙戦を眺めることになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1849.html)

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