世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ダブルショック下のASEAN・東アジア:保護主義とコロナウイルス
(九州大学大学院 教授)
2020.06.22
世界銀行の6月の「世界経済見通し」は,2020年の世界経済の成長率が5.2%減と戦後最悪になると予測している。米中貿易摩擦をはじめとする保護主義の拡大が世界経済に大きな負の影響を与えている上に,更にコロナウイルスが世界経済を襲っている。
コロナウイルスの世界的感染拡大は,きわめて大きな負の影響を世界経済に与えている。2020年のASEANと東アジアの経済も,マイナス成長あるいは大幅減速となる可能性が高い。貿易と投資の拡大の下で急速に成長してきたASEANと東アジアは,大きな負の影響を受ける。ASEANと東アジアの成長にとってきわめて重要な生産ネットワークも,大きな被害を受けている。
ただしコロナショック以前にすでに米中貿易摩擦と保護主義が,大きな負の影響を世界経済に与えてきている。トランプ大統領は,就任時の2017年1月にTPPから離脱し,2018年3月には通商拡大法232条によって鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ25%と10%の追加関税を,中国を含め世界各国向けに実施した。更に2018年7−9月には,中国に対して第1−3弾の追加高関税を掛け,中国は対抗して報復関税を掛けて,米中貿易摩擦が急拡大した。そして2019年9月にアメリカは中国向け措置の第4弾の一部を発動し,中国からの1200億ドル分の輸入に15%の追加関税を掛けた。他方,中国は,報復措置としてアメリカからの750億ドル分の輸入に5~10%の関税を掛けると表明し,米中貿易摩擦は更に拡大してきた。
12月13日には米中による第1段階の合意がなされ,2020年1月15日には,米中が第1段階合意文書である米中経済・貿易協定に署名した。中国が2年間で農産品・工業製品など2000億ドル分のアメリカからの輸入を増やすこと,知的財産権の保護や技術移転の強要禁止などを約束し,他方,アメリカは2019年9月に発動した第4弾の一部の1200億ドル分の輸入に課していた関税15%を7.5%に引き下げるとした。
しかし第1−3弾の25%の追加関税は維持された。また貿易摩擦の根底にある,「中国製造2025」に関係する産業補助金の問題や国有企業改革については,残されたままであった。
このような状況の中で,コロナウイルスの感染が世界を襲ってきた。コロナを契機に,米中摩擦は更に拡大してきた。アメリカは,コロナウイルスの感染拡大における中国の責任追及を続け,米中摩擦が更に拡大している。そして2020年5月28日の中国全国人民代表大会で出された香港国家安全法の導入は,米中摩擦を更に拡大させるであろう。
コロナウイルスに対しては,ASEANと東アジアの地域協力が地域としての対策を講じてきた。ASEANは,4月9日のテレビによる外相会議において「ASEAN COVID-19対策基金」の設立に合意した。4月14日にはテレビによって,ASEAN特別首脳会議並びに新型コロナウイルス感染症に関するASEAN+3特別首脳会議が開催された。ASEAN特別首脳会議では,医薬品の供給に向けた協力の強化等,域内の協力措置の強化が表明された。ASEAN+3特別首脳会議では,日中韓首脳からASEANへ対しての支援が表明され,日本もASEAN感染症対策センターの設立を提言した。そしてASEANと東アジアの協力が,感染症とその対策とともに,コロナ後の製造業における生産ネットワークの維持などにとっても必須となろう。
保護主義の拡大とコロナウイルス感染拡大のダブルショックによって,現代世界経済はきわめて厳しい状況にある。またコロナが仮に収束したとしても,コロナ以前に拡大していた米中貿易摩擦と保護主義が,一層拡大する可能性がある。
しかし危機の時にこそ,また危機後にこそ,国際協調が必要となる。そして地域協力や統合が必要である。アジア経済危機への対処のためにチェンマイ・イニシアチブを含むASEAN+3の枠組みが形成されたように,である。また世界金融危機後の変化の中でASEAN経済共同体(AEC)が創設され,RCEPの提案がなされたように,である。ASEANは2025年に向けてAECを深化させてきている(付記,参照)。RCEPも2019年には交渉妥結出来なかったが,今年の交渉妥結を目指している。コロナウイルスの感染被害は,他の地域に比べて,東アジア地域が相対的に小さい。コロナウイルス以後にも,東アジア地域の成長が世界経済を牽引するであろう。ASEANと東アジアの協力・統合が,現在の厳しい世界経済の状況の改善の一助となる事を期待したい。そして,日本の果たす役割にも期待したい。
[付記]
- *最近のAECの状況に関しては,国際貿易投資研究所(ITI)(2019)『深化するASEAN経済共同体2025の基本構成と実施状況』,国際貿易投資研究所(ITI)(2020)『ASEANの新たな発展戦略―経済統合から成長へ―』を参照されたい。筆者も「保護主義拡大下のASEANと東アジア経済統合」,「ASEAN経済統合と電子商取引(EC)」を執筆している。
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